南極物語の黒幕は朝日新聞

藤井恒男が南極大陸へ行く「南極物語」のあらすじとネタバレの「南極物語の黒幕は朝日新聞」編です。

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南極観測は国家プロジェクトだが、その黒幕は朝日新聞と言える。ただし、黒幕と言っても悪い意味ではなく、陰の功労者という意味である。朝日新聞の尽力がなければ、南極観測事業は無かったのである。

そもそも、「南極学術探検」を提唱したのは、朝日新聞社会部の記者・矢田喜美雄だった。

朝日新聞は東京本社に「南極学術探検事務局」を設置して、南極学術探検計画を進めていたが、南極学術探検は国家事業「南極観測」へと発展し、朝日新聞の手を離れるかたちとなった。

しかし、日本政府に南極を担当する部署は無く、準備委員会として残った朝日新聞が南極観測の実務的な準備を担当しており、南極観測事業に対する朝日新聞の貢献は大きかった。

また、朝日新聞は1億円を拠出したほか、宗谷に搭載しているセスナ機「サチ風号」や、随伴船「海鷹丸(うみたかまる)」に搭載していたヘリコプター「ペンギン号」も提供している。

ところが、南極観測が国家事業になったため、朝日新聞が目論んでいた独占報道は不可能になった。各報道機関が朝日新聞の独占報道に異論を唱えたからである。

南極観測推進本部は折衝の末、各社共通の報道担当として共同新聞から1名(田英夫)と、朝日新聞から1名(高木四郎)の計2名を南極観測隊に報道担当隊員を参加させることで、報道協定を結んだ。

朝日新聞は独占報道は叶わなかったが、専属の報道担当を置くことができ、他社よりも優位に立場にあった。さらに、朝日新聞の社員6名が第1次南極観測隊に参加し、6名のうち2名は、第1次越冬隊に選ばれている。

越冬隊に選ばれた朝日新聞の社員は、通信担当の作間敏夫と、航空担当の藤井恒男の2名である。藤井恒男は、南極の情報を昭和基地から日本へ送る越冬報道担当も務めている。

越冬報道担当の藤井恒男は、各社共通の共同通信向けの記事とは別に、朝日新聞専用の報道記事を南極から日本へ送ることを認められていた。

朝日新聞がなければ日本の南極観測事業は存在しておらず、名実共に朝日新聞の影響力は大きかった。ある意味では、朝日新聞が第1次南極観測隊の黒幕だと言っても過言ではない。「南極のオングル島へ上陸するあらすじ」へ続く。