南極物語-樺太犬タロとジロと宗谷のその後のあらすじ

木村拓哉のドラマ「南極大陸」でも有名な「南極物語」のあらすじとネタバレの「南極物語-樺太犬タロとジロと宗谷のその後のあらすじ」編です。実話「南極物語」トップページは「南極物語のあらすじとネタバレ」です。

このページは「北村泰一が樺太犬のタロ・ジロと再会する南極物あらすじ」からの続きです。

北村泰一との再会を果たした樺太犬タロとジロは、第3次越冬隊とともに越冬し、翌年の1960年(昭和35年)も南極に残った。そして、第4次越冬隊とともに越冬した。

■樺太犬ジロのその後
樺太犬ジロは第4次越冬中だった1960年7月9日に昭和基地で死亡し、雪の中に埋葬(冷凍保存?)する。

そして、第5次南極観測隊が迎えに来る直前の1961年(昭和36年)1月に、樺太犬ジロの死体を掘り起こし、第4次越冬隊・景山孝正が解体した。

樺太犬ジロの一部の臓器はホルマリン漬けとなって日本に帰国。樺太犬ジロの臓器は日本で解剖された。解剖については「樺太犬タロ・ジロの解剖と死因」をご覧ください。

樺太犬ジロの皮と骨も日本に帰国。ジロの皮は剥製になり、東京都台東区上野にある国立科学博物館に展示されている。

■樺太犬タロのその後
樺太犬タロは第4次越冬隊と共に日本へ帰国。タロは帰国後、北海道札幌市にある北海道大学植物園で余生を過ごした。

樺太犬タロは10歳を超えた辺りから衰え始め、北海道大学の家畜病院で入退院を繰り返し、1970年(昭和45年)8月11日に老衰で死亡する。このとき、タロの年齢は14歳7ヶ月であった。

樺太犬タロは死亡すると解剖された。タロの毛皮は剥製となり、北海道札幌市にある北海道大学植物園で陳列されている。

■南極観測船「宗谷」のその後
南極観測船「宗谷」の老朽化にともない南極観測は第6次南極観測隊をもって中止になる(その後、2代目南極観測船「ふじ」を新造して再開する)。

第6次南極観測隊は越冬隊を残さずに第5次越冬隊を収容、南極観測船「宗谷」は、1962年(昭和37年)4月17日に第6次南極観測隊を乗せて帰国すると、南極観測船としての役目を終える。

その後、宗谷は改修工事を経て、北洋海域でパトロールに従事する。1963年3月には、海上保安庁所属の巡視艇となり、北海道の海を見張ることとなった。

宗谷はその任を終える1978年(昭和53年)10月までに、延べ船125隻・計1000人を助け、「北の海の守り神」と呼ばれてるようになっていた。

全ての役目を終えた宗谷は、東京都品川区にある「船の科学館」に展示されている。

なお、「船の科学館」は2011年9月末に休館する予定だが、南極観測船「宗谷」などの一部展示は継続する予定となっている。「もう1つの南極物語-南極越冬猫のタケシのあらすじ」へ続く。

南極物語-樺太犬タロとジロと宗谷のその後のあらすじへのコメント

いえあの、船の科学館は老朽化のためのリニューアルによる休館であって、決して閉館ではないですハイ。
なお、宗谷や屋外展示は、本館リニューアル工事中も続行だそうです。

  • 投稿者-
  • オングル島民
  • -2011年9月16日

コメントありがとうございます。「船の科学館」は本館を休止して、南極観測船「宗谷」などの展示は継続し博物館としての活動は継続するようですね。

この本文を書いた当時は、プレリリースまたは報道で「閉館」と使用していたため、「閉館」を使用しましたが、「休館」に訂正します。

  • 投稿者-
  • 管理人
  • -2011年9月16日

私以前この本で読書感想文を書きました。
とっても良い話でした。
感動しました。
読書感想文に何を書こうか迷ってる方は、ぜひぜひ読んで見てください。

  • 投稿者-
  • プリン
  • -2014年8月25日