山崎豊子の文庫本「運命の人」の読書感想文

山崎豊子の文庫本「運命の人」のネタバレを含んだ読書感想文の中編です。このページは、ネタバレやあらすじを含んでいるので、閲覧にはご注意下さい。


このページは「運命の人のあらすじ感想文」からの続きです。小説「運命の人」のモデルは「運命の人のモデルの一覧」をご覧下さい。
さて、山崎豊子の原作小説「運命の人」は文庫本4冊の長編である。1巻から3巻までが外務省機密漏洩事件をテーマとし、4巻は「沖縄編」では沖縄県をテーマとしている。
原作小説「運命の人」はテーマが2つあるので、このページでは、外務省機密漏洩事件についての感想を述べる。
外務省機密漏洩事件とは、毎朝新聞の弓成亮太が外交官の女性事務官・三木昭子から入手した機密文書を、社進党の横溝宏に渡したことに端を発し、三木昭子は国家公務員法の「機密漏洩罪」で逮捕され、弓成亮太は同法の「そそのかし罪」で逮捕された事件である。
外務省機密漏洩事件には「知る権利」などの色々な問題を含んでいるのだが、弓成亮太と三木昭子との間に肉体関係があったため、「下半身問題(情通問題)」のスキャンダルになってしまった。
ただの男女関係ではなく、弓成亮太には妻が有り、三木昭子は夫が有るW不倫関係だったうえ、三木昭子には週刊誌が飛びつきそうな条件を揃えていたので、週刊誌が飛びつくのも仕方ない。
弓成亮太と三木昭子との間に肉体関係さえなければ、外務省機密漏洩事件は「ウォーターゲート事件」や「ペンタゴン・ペーパーズ事件」に並ぶ事件になっていたと思う。
さて、検察は起訴状に「密かに情を通じ」という文言を挿入して、世論操作に成功した。「情を通じ」という表現は非常に上手い。表現に艶があり淫靡で、想像力をかき立てる。この起訴状を書いた検事は凄いと思う。
「報道の自由」や「知る権利」を掲げて、毎朝新聞を初め、マスコミ各社が弓成亮太を擁護するキャンペーンを展開していたが、起訴状の「情を通じ」の文言により、マスコミ各社は弓成亮太の批判へ転じた。
マスコミが十八番としている「ペンは剣よりも強し」の威力を、毎朝新聞はしみじみと痛感したのではないだろうか。
弓成亮太の外務省機密漏洩事件は裁判でも肉体関係が問題になってくるのだが、山崎豊子の原作小説「運命の人」では、弓成亮太と三木昭子の2人が情事にふけるシーンは無い。2人の情通は、取り調べや裁判で明らかとなってくる。
弓成亮太と三木昭子とのベッドシーンが無かったので、ぼかした印象を受け、深い部分に切り込んでいない気がした。山崎豊子の原作小説「運命の人」がイマイチなのは、このためかもしれない。
弓成亮太と三木昭子の2人は連れ込みホテル「ホテル王山」でまぐわうが、2人の肉体関係にって機密文書持ち出しに対する執拗な慫慂(しょうよう)行為が有ったか無かったかは、双方の主張や手記から判断するしかない。
慫慂(しょうよう)とは「しきりに勧める」という意味で、執拗な慫慂行為の有無が弓成亮太の容疑「機密漏洩そそのかし罪」の争点になるのだが、弓成亮太側が三木昭子を追求していかない点に違和感を覚えた。
一方、女性事務官の三木昭子や夫の三木琢也は、週刊誌で手記を発表し、法廷外でも楽しませてくれる。
さて、弓成亮太の外務省機密漏洩事件は、国家公務員法だけの問題ではなく、内部告発や知る権利など、様々な問題との兼ね合いになる。
法律上の問題だけでなく、ジャーナリストとしての倫理などを総合的に考えると、弓成亮太が社進党の横溝宏に機密文書のコピーを渡した点が一番悪い、と私は思った。
弓成亮太が毎朝新聞で一連の問題を報じる分には、機密文書の入手は取材の一環だと思うが、社進党の横溝宏にコピーを渡した時点で、機密文書の入手は取材活動ではなくなると思う。
それに、毎朝新聞の記者という地位を利用して入手した情報を、毎朝新聞以外の目的に使用する事は、毎朝新聞に対する背任行為だと思う。
記者が取材で得た情報を報道以外の目的に使用することは、ジャーナリストとしての信義則に反する。目的外使用が認められるのであれば、誰も取材に応じなくなる。
使用外目的が認められるのであれば、インサイダー取引まがいのことが簡単にできる。取材で得た重要な情報を知人に流して株を売買させておく。その後でニュースを報じる。
記者本人が株を買えばインサイダー取引になるが、使用外目的が認められるのであれば、情報を流すこと自体は合法になるのではないか。
一方、機密文書の目的外使用に関しては、なぜ、弓成亮太は機密文書のコピーを社進党の横溝宏へ渡すさい、ニュースソースを秘匿する対策を講じておかなかったのか、という疑問が残る。
弓成亮太はニュースソースの秘匿を重視しているように描かれているが、その割りには何の秘匿対策もせずに、社進党の横溝宏に機密文書のコピーを渡している。やはり、政治的な意図を感じる。
弓成亮太は政治的な目的は無かったと証言したが、弓成亮太は家族や上司にも平気で嘘をつくので、弓成亮太の証言は信用できない。
自由党の小平正良にもう黒幕的な要素があれば、弓成亮太が政治の深い闇に飲まれた感じがして、原作小説「運命の人」はもっと面白くなっていたと思う。
他方、女性事務官・三木昭子が、第1審で起訴事実を受け入れて争わなかった動機や目的は不明のままだった。三木昭子と佐橋総理の間に密約があれば、小説として面白かったと思う。
原作小説「運命の人」には登場していないのだが、山崎豊子の小説「不毛地帯」などに登場する「鎌倉の人」などを暗躍させ、「運命の人」を小説として面白くして欲しかった気もする。
また、実沖縄返還は日米安全保障条約の延長問題や、ベトナム戦争によるアメリカの財政事情なども重要な要素になってくるのだが、原作小説「運命の人」ではその辺りが上手く描けていなかったように思った。「運命の人の感想の後編」へ続く。

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コメント欄

弓成由里子は佐橋総理との密約ができるはずはありません。
あからさまな誤読は非常に煩わしいですね。

  • 投稿者-
  • kyouzaemon

ご指摘ありがとうございます。「弓成由里子」と「三木昭子」が間違っている箇所がありましたので、修正しました。

  • 投稿者-
  • 管理人