星野英太郎のモデルは西堀栄三郎

香川照之が出演するTBSドラマ「南極大陸」に登場する第1次越冬隊の隊長・星野英太郎(ほしの・えいたろう)のモデルを紹介します。

星野英太郎(香川照之)のモデルは、第1次越冬隊で隊長を務めた西堀栄三郎です(注釈:正確には西堀榮三郎)。

ドラマ「南極大陸」に登場する人物のモデル一覧は、「南極大陸のモデル」をご覧ください。

■星野英太郎(ほしの・えいたろう)のプロフィール
星野英太郎(香川照之)は京都大学理学部の教授。優秀な研究家・技術者で、有名な探検家でもある。第1次南極観測隊では副隊長を務め、第1次越冬隊では隊長を務める。

■西堀栄三郎のプロフィール
西堀栄三郎(にしぼりえいざぶろう)は1903年(明治36年)1月28日生まれ。西堀栄三郎は京都府京都市出身のカリスマ探検家・技術者です。

西堀栄三郎は小学生(京都の明倫小学校)のとき、1912年(明治45年)1月16日に南極へ上陸した南極探検家・白瀬矗(しらせのぶ)陸軍中尉の講演を聴き、南極へのあこがれを持つ。

1922年にアインシュタイン博士が京都を訪れたさい、西堀栄三郎は3日間アインシュタイン博士の通訳を務め、アインシュタインの影響を受ける。

西堀栄三郎は、京都帝国大学(現在の京都大学)の山岳部時代に「雪山讃歌(ゆきやまさんか)」を作詞する。

京都帝国大学理学部卒業後は京都帝国大学の講師を経て、1936年に東京電気(現在の東芝)に入社する。

東京電気在籍中にアメリカ留学を行う。西堀栄三郎は、アメリカで南極探検の研究を重ね日本有数の南極のスペシャリストとなる。1944年には真空管「ソラ」を開発する。

終戦後、東芝を退社してコンサルティング業に従事。統計的品質管理で工業界に貢献し、後にデミング賞を受ける。

ネパール政府の要人と縁があったことから、西堀栄三郎は1952年に単身で、鎖国中のネパールに入国し、ネパール政府と交渉してマナスル登山の許可を得るが、西堀栄三郎はマナスル登山を京都大学山岳部で行わず、日本山岳会へ譲渡する。

1955年(昭和30年)3月に朝日新聞の記者・矢田喜美雄の発案により、南極学術探検計画が始まる。

南極学術探検が国家事業「南極観測」へと変化していくなかで、設営の重要性が分かり、計画を進めていた日本学術学会の会長・茅誠司らが日本山岳会に相談する。そして、日本山岳会が西堀栄三郎を推薦し、西堀栄三郎が南極観測隊に加わることになる。

南極観測隊に加わった西堀栄三郎は、犬ぞりの導入やベンテンさんなどを次々と導入。第1次越冬隊の隊長を務め、第1次越冬隊の成功に導く。

西堀栄三郎は南極から帰国後、日本原子力研究所理事などを務めるほか、各地の探検(登山)に出かけ、1989年4月13日に死去する。享年86歳であった。

注意:ドラマ「南極大陸」はフィクションです。モデルは、星野英太郎(香川照之)の役割などから、管理人が推定したものであり、星野英太郎と西堀栄三郎に一切関わりはありません。

ドラマ「南極大陸」の原作や主題歌などの情報は、「南極大陸の原作や主題歌」をご覧ください。