実話「南極物語」南極観測隊・越冬隊の死者や犠牲者

南極大陸で有名な実話「南極物語」シリーズの「南極地域観測隊や南極越冬隊に関する死者や犠牲者」編です。

実話「南極物語」のネタバレは「実話『南極物語』のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

■第1次から第3次南極観測隊・越冬隊での犠牲者
第1次から第3次南極観測隊・越冬隊に犠牲者は無し。

■極観測隊訓練での死者4名
1956年(昭和31年)3月23日、長野県の乗鞍岳で中部日本新聞の飛行機が墜落し、搭乗していた清水義一・藤本宏・本田幸男・加藤弘(いずれも中部日本新聞の社員)の4名が死亡した。

1956年3月20日から3月26日まで、第1次南極観測隊は長野県の乗鞍岳で予備訓練を行っており、死亡した4名は予備訓練を取材していた。

■南極観測船「宗谷」の取材での死者3名
1957年(昭和32)4月23日、西日本新聞の航空機が鹿児島阿久根市瀬戸海中に墜落し、搭乗していた横山三夫・小田一夫・藤田静夫(いずれも西日本新聞の社員)の3名が死亡した。

死亡したは3名は、帰国した第1次南極観測船「宗谷」および随伴船「海鷹丸」を取材していた。(宗谷と海鷹丸は4月24日に東京湾に到着)

■乗組員の死者
1973年(昭和48年)、第15次南極観測隊では、南極観測船「ふじ」の乗組員(海上自衛隊)がクレパスに転落して死亡した。ただし、乗組員は観測支援であり、南極観測隊ではないため、南極観測隊の死者としてはカウントされない。

■第4次南極地域観測隊・越冬隊の死亡者
1960年10月10日、第4次越冬隊の福島紳が昭和基地付近で遭難。捜索するも見つからず、南極地域観測統合推進本部が同年10月17日に福島紳の死亡を決定した。後に福島紳の遺体が見つかり、その場所を「福島ケルン」と呼んでいる。

福島紳の遭難事故のあらすじは「福島紳の福島ケルンのあらすじとネタバレ」をご覧ください。

第4次越冬隊・福島紳の死亡事故を受け、昭和基地に遭難対策のロープを張り、ブリザード時を外出禁止するなどの安全対策を行い、第4次越冬隊の福島隊員以降は殉職者は出ていない。

今日の南極観測があるのは、こうした尊い犠牲の上に成り立った居るのである。

■第56次南極観測隊の犠牲者
2015年2月3日午後3時30分(日本時間で同日午後9時30分)ごろ、第56次南極観測隊の野外観測を支援していた南極観測船「しらせ」の男性乗員(50歳代の3佐)が、昭和基地から約20km離れた物資集積拠点で、物資の搬入作業後に意識を失って倒れた。男性乗員はヘリコプターで南極観測船「しらせ」に運ばれたが、1時間後に死亡が確認された。

日本の南極観測隊の支援員が南極大陸で死亡したのは、今回が初めてとなる。

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実話「南極物語」南極観測隊・越冬隊の死者や犠牲者へのコメント

私は今やってる南極大陸を見てますたくさんの試練がありそのたびに助けああってきたドラマが描かれていますがこんな事実があったとは知らず正直ショックですいくら事実をもとにしたドラマとはいえここまではやってないんですね(-.-)   でもこの事実があって犠牲者がいたからここまで観測をつずけられているとしたらその少なくも多い命がなくてもよいなんて考えになってしまわないことを祈るばかりですこれは越冬隊の方や観測隊の方がこの事実を知った上で南極にいてもらいたいですねん(^-^)

  • 投稿者-
  • わわわ・・・
  • -2011年11月15日