実話「南極物語」の「54年前の真相」のネタバレ

倉持岳志(木村拓哉)が出演するTBSの樺太犬ドラマ「南極大陸」の第6話と実話「南極物語」の比較とドラマの感想です。

ドラマ「南極大陸」の第6話「54年前の真相」は面白かった。「54年前の真相」については書く予定はなかったのだが、親切な人がリンクを貼ってくれたらしいので、書く意欲が出てきた。

そこで、今回は「54年前の真相」の実話をネタバレしてみる。第6話の実話のあらすじは「南極観測船『宗谷』とバートンアイランド号」をご覧ください。

また、樺太犬タロ・ジロ・リキを置き去りにする経緯のネタバレは「樺太犬タロ・ジロ・リキを昭和基地に置き去りにした経緯」で紹介したているので、今回は説明を省略します。

さて、実話「南極物語」の「54年前の真相」を紹介する前に、ドラマに登場した第2次越冬隊長・岩城昌隆(宮沢和史)のモデルを紹介しおかなければならない。

岩城昌隆(宮沢和史)のモデルの簡単な経歴は「岩城昌隆(宮沢和史)のモデルは村山雅美」をご覧くただくとして、少し話しを勧める。

実話では、第2次越冬隊長は村山雅美である。村山雅美は東大スキー部出身の登山家で、第1次越冬隊長・西堀栄三郎に呼ばれて、第1次南極観測隊に参加し、第2次越冬隊で隊長を務めた人物である。

村山雅美は、第1次マナスル遠征隊の先発隊にも参加していた完全な「山屋(登山家)」である。

南極観測隊は3つのグループに分れていた。観測を担当する学者の「学者グループ」、設営を担当する山屋(登山家)の「登山グループ」、南極観測船「宗谷」の運航を担当する船員の「船員グループ」の3つである(厳密に言えば、船員は南極観測隊ではない)。

それぞれが、南極へ行くために全力を尽くすのだが、この3つのグループは考え方が全く違うので、意見が合わない。ことあるごとに意見が対立していた。

第1次南極観測隊の隊長・永田武は「準備をし、越冬できる環境ができたら整えば、越冬する」という考え方だったが、第1次越冬隊の隊長・西堀栄三郎は「まず、やってみる」という考え方だった。

永田武は「越冬する為に人間が住める環境を作る」と考えたが、西堀栄三郎は「南極で生きられる人間を連れて行けば良い」と考えた。

だから、「どんなことが起きても、南極で生きていけそうな山男」が第1次越冬隊(人間モルモット)に選ばれた。

このように永田武と西堀栄三郎は考え方が正反対で、2人は意見が対立していた。2人の仲の悪さを、2人の頭文字と磁石のN極をかけて、「N・Nカップリング」と呼んでいた。

意見の対立が原因で南極観測隊に参加しなかった人も居るし、越冬隊を辞退した人も居た。第1次南極観測隊は、ドラマ「南極大陸」のように仲良し集団ではなかったのである。

実話「南極物語」の「54年前の真相」のネタバレ後半』へ続く。