南極観測船「宗谷」の神棚「宗谷神社」の秘密

実話「南極物語」のあらすじとネタバレ『南極観測船「宗谷(そうや)の神棚「宗谷神社」の秘密』編です。

南極観測船「宗谷」を初めとし、南極観測船「ふじ」「しらせ」「2代目しらせ」には神棚があるが、第1次南極観測船「宗谷」が出港した時には神棚は無かった。

実は、初代南極観測船「宗谷」にできた神棚「宗谷神社」は、第1次南極観測隊の往路中に出来たのである。

日本海軍の特務艦として活躍していた時の宗谷には神棚があった。しかし、敗戦後、GHQが日本政府に対して「神道指令」を出したため、宗谷から神棚が消えた。

神道指令とは、神道を日本国の宗教として扱うこと(国家神道)を排し、政教分離を確立させる命令のことで、政府所有の船から神棚が撤去することになり、宗谷から神棚が撤去されたのである。

このため、海上保安庁の灯台補給船として働いていた時の宗谷にも神棚は無く、南極観測船「宗谷」は神棚の無い状態で、東京港晴海埠頭を出発した。それは1956年(昭和31年)11月8日のことだった。

しかし、宗谷は、出港早々の1956年(昭和31年)11月15日に台風19号に遭遇し、宗谷に格納していたセスナ機「サチ風」の一部を破損。

また、同年11月17日には、高波による浸水により、収納箱がぶつかってセスナ機「サチ風」の機体の一部が凹むという災難に襲われた。

さい先の悪さに困った宗谷の船長・松本満次は、出港前に宗谷の元乗組員から「第2次世界大戦で宗谷が沈まなかったのは、船内あった宗谷神社のおかげだ」と助言されたことを思いだし、海図室に神棚を建立して、船内で神主を捜した。

第1次越冬隊の佐伯富男が神主の息子ということで、佐伯富男が神主を頼まれたのだが、佐伯富男は無神論者で神主の作法を何も知らなかったため、何でも屋の朝比奈菊雄が代わりに引き受け、無事に宗谷神社が完成したのである。

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