南極大陸の夏

樺太犬タロ・ジロで有名な実話「南極物語」のあらすじとネタバレ「南極の夏」編です。目次は「実話「南極物語」のあらすじとネタバレ」です。

このページは「実話『南極物語』の暴風圏と台風のネタバレ」からの続きです。

南極大陸の夏は短い。南極観測隊がプリンスハラルド海岸に接岸出来る時間は1月から3月にかけての2ヶ月間しかない。

第1次南極観測隊は、2ヶ月間で昭和基地を建設して、必要な物資を運び込まなければ、越冬隊を南極に残すことはできない。

1957年(昭和32年)1月10日、南氷洋に到着した宗谷は、随伴船「海鷹丸」と別れ、単独で南極大陸を目指した。

地図で言えば、オングル島から少し上になる。南極観測船「宗谷」はオングル島から見て、右上から左下へ進んだ。

南極観測船「宗谷」はオングル島から見て10時の位置まで進むが、そこから1時の位置まで引き返し、1時の位置から南下して、南極大陸を目指す。

10時の位置には「クック岬」があった。クック岬は基地建設の候補地になっており、宗谷はクック岬周辺の調査へ向かったが、クック岬は断崖だったため、宗谷は進路を引き返したのである。

日本が担当するプリンスハラルド海岸は、大まかな地図こそあったが、前人未踏の地なので、現地へ行ってみなければ分からないことばかりだった。

1時の位置まで引き返した第1次南極観測隊は、南極観測船「宗谷」に搭載しているセスナ機「サチ風」を飛ばし、偵察に出る。

やがて、セスナ機「サチ風」は1時の位置から南極大陸(プリンスオラフ海岸)に向けて伸びている氷の割れ目を見つける。これなら行ける。南極観測船「宗谷」は割れ目から南極大陸を目指した。

(昭和基地のあるオングル島は、左下にプリンスハラルド海岸がり、右下にプリンスオラフ海岸ある。位置的にはプリンスオラフ海岸よりになる。)

氷に当たって進めなくなると、南極観測船「宗谷」は一度後退しして全速力で前進し、船の前部を氷の上に乗り上げさせて、氷を砕く。これを「チャージング航行」と言う。

宗谷の船底の先端部分が鋭い斧のようになっており、氷の上に乗り上げた宗谷は、船の重みを利用して氷を砕いていくのだ。

それでも氷が割れない場合は、氷の上に乗り上げた状態で、船底のタンクの水を右へ左へと移動させて、船体を左右に揺らして氷を砕く(ローリング)。また、ダイナマイトを使って氷を割ることもある。

南極観測船「宗谷」はバリバリと氷を割りながら、南極大陸を目指した。「永田武が第1次越冬隊の隊員を発表したネタバレ」へ続く。