山本三郎と林権助が死亡、神保修理の切腹

山本八重(新島八重)の生涯をあらすじで紹介する実話「山本八重の桜」のあらすじとネタバレシリーズ「山本三郎と林権助の死、神保修理の切腹」編です。

このページは『実話「山本三郎の生涯」』からの続きです。

実話「山本八重の桜」の目次は『実話「新島八重の桜」のあらすじとネタバレ』です。

■戊辰戦争が勃発(鳥羽伏見の戦い)
薩摩藩邸の焼討事件が大阪に伝わると、会津藩を中心に「薩摩藩を討つべし」との声が強まり、二条城(京都)から大阪城へと退いていた徳川慶喜は、会津藩・桑名藩に檄を飛ばして挙兵した。

旧幕府軍・会津藩・桑名藩が薩摩藩を排除するため、京都へ軍を進めた。山本八重の弟・山本三郎の姿もこの中にあった。

1868年1月27日、京都へ向かって進軍する旧幕府軍は、街道を封鎖する薩摩藩と衝突する。

会津藩は伏見方面で薩摩兵と対峙していたが、どこからともなく聞こえた1発の砲音により交戦状態へと入る(鳥羽・伏見の戦い)。

薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍5000人に対して、旧幕府軍は1万5000人という兵力を有していたが、西洋式銃を有する新政府軍の精鋭部隊の前では赤子も同然だった。

薩摩藩は生麦事件を発端としてイギリスとの戦争を経験していた。長州藩も「下関戦争」でイギリス・フランス・オランダ・アメリカの四国連合艦隊と戦争していた。

身をもって西洋式銃の威力を知り、西洋式の軍制を導入していた薩摩藩や長州藩は強かった。新政府軍との火器の性能差は歴然としており、旧幕府軍は敗走する。

かつて、山本覚馬は、会津藩に西洋式銃の導入を主張したが、保守派の怒りを買い、1年間の禁足となってしまった。

あのとき、会津藩が山本覚馬の意見を十分に取り入れていれば、新政府軍に惨敗することも無かったのかもしれない。

禁足となった山本覚馬を助けてくれた大砲奉行の林権助は、この「鳥羽伏見の戦い」で負傷し、大阪から江戸へ向かう船中で死亡した。

一方、山本八重の弟・山本三郎も「鳥羽伏見の戦い」で敵の銃撃を受けて負傷。山本三郎は大阪から海路で江戸へ逃れるも、1868年1月29日に江戸の会津藩下屋敷で死亡した。山本三郎は享年20歳であった。

弟・山本三郎の遺髪と着衣は、会津の山本家に送り届けられた。山本三郎の形見を見た山本八重は泣き崩れたという。

■江戸幕府軍が朝敵になる
「鳥羽伏見の戦い」が開戦した翌日、朝廷は仁和寺宮嘉彰法親王を征夷大将軍に任命する。そして、薩摩藩の本陣に「錦の御旗」が掲げられ、江戸幕府軍が朝敵となった。

「錦の御旗」は「朝廷の軍」を意味しており、大阪城に居た徳川慶喜はこの知らせを聞いて大いに動揺したという。

朝敵となった徳川慶喜は「江戸で戦う」と言い、大阪城を捨てて海路で江戸へ逃走する。会津藩主の松平容保も徳川慶喜に従い、大阪から江戸へと逃れた。

総大将の戦線離脱という予期せぬ事態により、江戸幕府軍は総崩れとなって新政府軍に大敗した。

そこで、会津藩士・佐川官兵衛ら抗戦派の怒りは、「総大将の徳川慶喜が江戸へ逃げたのは神保修理(じんぼ・しゅり)の助言によるものではないか」として、恭順を主張していた非戦派の会津藩士・神保修理に向けられた。

神保修理の身を案じた会津藩主の松平容保は、抗戦派の会津藩士から身を守るために神保修理を幽閉して匿ったが、それでもなお、神保修理は新政府軍への恭順を訴え続けた。

一連の騒動を知った勝海舟は徳川慶喜に進言。進言を受けた徳川慶喜は、会津藩に神保修理の身柄を幕府に引き渡すように命じた。

しかし、抗戦派の会津藩士が引き渡しを拒否。そして、徳川慶喜の要求に怒った抗戦派の会津藩士は「藩命だ」と言い、神保修理に切腹を命じたのである。

神保修理は会津藩主・松平容保との面会を求めたが、面会は許可されず、偽りの藩命だと知りながらも、藩命に従って自害した。

神保修理が切腹する前日に勝海舟へ送った手紙には、「遺言す、後世吾れを弔う者、請う岳飛(がくひ)の罪あらざらんことをみよ」と書かれていた。

岳飛(がくひ)とは、中国・南宋時代の武将で、無実の罪によって陥れられたが、その後に冤罪が判明し、中国を代表する英雄となった人である。神保修理は自分を岳飛になぞらえる事で、無罪を訴えていたのだ。

こうして、会津藩は神保修理という優秀な人材を1人失ってしまったのであった。

一方、徳川慶喜は上野にある寛永寺に謹慎して新政府に恭順を示すと、会津藩主・松平容保に江戸城への登城を禁じた。

これを受けた会津藩主・松平容保は数人の警護を連れて江戸を去り、会津へと引き上げていった。

そして、この「鳥羽伏見の戦い」が発端となり、会津藩の運命を左右する戊辰戦争が発展するのであった。

実話「新島八重の桜」の会津編「山本覚馬建白(管見)」へ続く。

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