実話-若松城の落城(開城)-会津藩の降伏

山本八重(新島八重)の生涯をあらすじで紹介する実話「山本八重の桜-会津戦争編(戊辰戦争速記録)」のあらすじとネタバレシリーズ「実話-若松城の落城(開城)-会津藩の降伏の桜」編です。

このページは「実話-山本権八が戦死・一ノ堰の戦いのあらすじとネタバレ」からの続きです。

実話「山本八重の桜」の目次は『実話「山本八重の桜」のあらすじとネタバレ』をご覧ください。

■会津藩が降伏して若松城が落城
会津若松城は、糞尿が溢れ、異臭が甚だしい。井戸は死体で埋まり、死人は廊下にまであふれていた。食料の補給路が断たれ、生きている者は黒い飯を食べていた。城から逃げ出す会津藩士も居た。

三春藩(福島県)など東北諸藩の裏切りにり、奥羽越列藩同盟は崩壊し、奥羽越列藩同盟の中心となっていたた仙台藩と米沢藩の両藩も既に新政府軍に降伏したため、会津藩が頼みの綱としていた奥羽越列藩同盟は消滅していた。

さらに会津藩は食糧補給路や連絡路も絶たれており、新政府軍に包囲された会津藩は将棋で言う「詰み」の状態であった。

このようななか、新政府軍の土佐藩士・板垣退助の意向を受けた米沢藩が、会津藩の家老・萱野権兵衛に手紙を送り、降伏を勧告したのである。

新政府軍に降伏した米沢藩も藩主の命は保障されており、会津藩主・松平容保は軍議の結果、降伏の交渉を決定した。こうして、会津若松城は事実上の落城となった。

1868年11月3日(慶応4年9月19日=籠城27日目)、会津藩主・松平容保は、手代木直右衛門と秋月悌次郎の2人を使者として、米沢陣営に向かわせ、米沢藩を通じて新政府軍の板垣退助に降伏の意志を示した。

(注釈:後に山本八重は甘粕初子を養女にしている。甘粕初子の母方祖父は、会津藩の降伏の使者として活躍した会津藩士・手代木直右衛門である。)

1868年11月4日(慶応4年9月20日=籠城28日目)、新政府軍の板垣退助が、会津藩の使者の手代木直右衛門と秋月悌次郎に対して、降伏を提示する。降伏の条件は以下の6つだった。

1・22日辰刻を期して、大手門外に降伏と大書した白旗をかかげる。
2・松平容保・喜徳父子は政府軍の軍門に来て降伏を請う。
3・家臣の男子は猪苗代に移って謹慎する。
4・14歳以下60歳以上の男子ならびに女子はどこに居住してもよい。
5・城中の傷病者は青木村に退いて引きこもる。
6・銃器・弾薬はとりまとめて、開城の日に官軍へ引き渡す。

1868年11月5日(慶応4年9月21日=籠城29日目)、手代木直右衛門と秋月悌次郎の2人が帰城した。

降伏の条件を承諾した会津藩主・松平容保は降伏を正式に決定し、全軍に降伏を命じた。そして、女性には白い旗を縫うように命じた。

しかし、城外を転戦していた佐川官兵衛は、藩主・松平容保の停戦命令を無視して新政府軍と戦った。

■実話-降参の白旗を縫う女性
1868年11月5日(慶応4年9月21日=籠城29日目)夜、会津若松城の一室では、女性が泣きながら白旗を縫っていた。

白い布は全て包帯として負傷兵に使用していたため、白旗を作るための布が無く、女性は端切れを集めて縫い合わせた。

山本八重はこの時の様子を「降参の旗は長さ3尺、幅2尺ぐらい、それも小布を多数集め、ようやく縫合したもので、これを縫う者は泣きの涙で針先は少しも進まなかったと申しておりました」と話している。

山本八重は白旗縫いの様子を「申しておりました」と伝聞として話していることから、山本八重は白旗縫いには参加していなかった、とされている。

■実話-若松城の落城(開城)
1868年11月6日(慶応4年9月22日=籠城30日目)午前10時、若松城の大手門や黒手門などに降伏の白旗が揚がる。白旗には大きく「降参」と書いてあった。

会津藩は白旗を掲げ、1ヶ月にわたる籠城戦は終止符を打った。会津藩が降伏して、ついに若松城が落城したのである。

やがて、停戦命令を無視して城外で戦っていた佐川官兵衛も戦いを止め、会津戦争は完全に終わった。

1ヶ月間の籠城戦に耐えた会津若松城は、大量の大砲を浴びており、無残な姿になっていた。

■会津藩の降伏式
1868年11月6日(慶応4年9月22日=籠城30日目)、甲賀町通の降伏式場で降伏式が行われた。新政府軍の代表は、薩摩藩の中村半次郎(桐野利秋)だった。

降伏式に出席した松平容保は、降伏書に調印し、中村半次郎に「謝罪書」を提出した。また、家老・萱野権兵衛は松平容保の寛大な処分を求めて、嘆願書を提出した。

その後、松平容保は若松城へ戻り、家臣に別れを告げ、戦死者に花を手向けると、若松城を出て、妙国寺で謹慎した。

なお、新政府軍を代表として降伏式に出席した中村半次郎は幕末時代に「人斬り半次郎」と恐れられていた剣客だったが、無学だったため、会津藩から受け取った書類の内容を理解できなかったという説もある。

実話「新島八重の桜」の会津編「実話-降伏した山本八重-会賊から会津降人のあらすじとネタバレ」へ続く。

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