黒田長政と稷山の戦い-青国(忠清道)征伐

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公となる黒田官兵衛の生涯を実話で描く実話「軍師・黒田官兵衛(黒田如水)」のあらすじとネタバレ朝鮮出兵編「黒田長政と稷山の戦い-青国(忠清道)征伐のあらすじとネタバレ」です。

このページは「軍師・黒田如水-赤国(全羅道)征伐のあらすじとネタバレ」からの続きです。

実話「軍師・黒田官兵衛(黒田如水)」のあらすじとネタバレ目次は「実話-軍師・黒田官兵衛(黒田如水)-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

■青国(忠清道)征伐を開始
赤国(全羅道)を征伐した日本軍は、右軍・中軍・左軍の3手に別れて北上し、青国(忠清道)へと侵攻した。

青国(忠清道)を守っていた明・李氏朝鮮連合軍は、赤国(全羅道)での敗戦を聞いて逃げ去ってしまい、明・李氏朝鮮連合軍は大きく防衛線を後退させた。

このため、青国(忠清道)を守る主要な敵勢力は、平壌城から南下してきた明の大将・解生が青国(忠清道)北部にある稷山を守るのみであった。

さて、青国(忠清道)へと侵攻した右軍・毛利秀元は、途中で毛利秀元・黒田長政と加藤清正の2手に別れた。

そして、加藤清正は北東へと進路を取り、毛利秀元・黒田長政は敵が稷山に居る聞いて北上し、稷山を目指した。

■黒田長政と稷山の戦い
青国(忠清道)北部にある稷山には山があり、その前に平原が広がっていた。明の大将・解生は山の上に陣取り、山の前の平原には明の精鋭2000が布陣していた。

慶長2(1597年)9月7日、黒田長政の先手・黒田三惣右衛門(黒田図書)・栗山四郎右衛門(栗山善助)は夜中に進軍していたので、目の前に明の大軍を居る事を知らず、稷山へと進み、夜明けになって目の前に現れた明の大軍を見て驚いた。

先手の黒田三惣右衛門(黒田図書)らは、黒田長政の本陣とかなり離れており、どうするべきか、諸将で群議を開く。

しかし、撤退して黒田長政の本陣と合流して戦うか、黒田長政の本陣が来るのを待って戦うか、軍議は決しなかった。

そこで、黒田長政の家臣・毛屋主水が、「我らが引けば、敵は必ず追撃してくる。逃げ延びられるのは、馬の強い僅かな者だけであろう。黒田長政を待っていても、その間に敵は攻め寄せてきて、我らは退くことになるだろう。戦わずして引き、ことごとく討ち取られるよりも、我らは心を1つにして、必死に敵の先陣に襲いかかれば、敵の先陣に打ち勝てるだろう。敵は大軍といえど、我らが先陣を破れば、退却するだろう。そこで、我らが退けば、敵に追撃される心配が無い。たとえ、我らが敵の先陣に負けて退いたとしても、最初に強く戦っていれば、敵も反撃を警戒して追撃には及ばない。これは私が今、考えた作戦ではない。『長篠の戦い』において、武田勝頼は敗戦したが、引き際に進んで強く戦ったので、織田信長・徳川家康は追撃せず、武田勝頼は難なく甲州へと引き上げることができたのだ」と意見した。

上原新左衛門は、これを聞いて、「毛屋主水の申す事はもっともである。急いで決戦いたそう」と賛同すると、評議は決した。

こうして、先手の黒田三惣右衛門(黒田図書)らは、一斉に鉄砲を放つと、鬨の声を上げて、敵の先陣に切り込んだのである。

このとき、黒田長政は、先手の黒田三惣右衛門(黒田図書)らから、かなり離れていた場所に居たが、微かに鉄砲の音が聞こえてきたため、後藤又兵衛・黒田三左衛門らに様子を見に行かせた。

様子を見に行った黒田三左衛門(黒田一成)は、先手の毛屋主水らが敵の大軍と戦っているのを見て勇んで明軍と戦い、後藤又兵衛は手勢を率いて山に登り、山の上を彼方此方へと移動し、後ろに大軍が控えているように見せかけた。

そうこうしているうちに、黒田三左衛門(黒田一成)から知らせを受けた黒田長政が本陣を率いて駆けつけた。黒田長政は大勢の敵兵を討ち取ったが、黒田側も黒田兵29人と恒屋新助が討ち取られるの被害を受けた。

明軍にも援軍が加わったので、黒田長政と明軍は一進一退を続け、決着が付かなかったが、毛利秀元の本陣2万5000が到着すると、明軍は青国(京畿道)の水原へと撤退した(稷山の戦い)。

その後、日本軍は青国(京畿道)の竹山に居る李氏朝鮮軍を打ち破ると、豊臣秀吉に命じられていた赤国(全羅道)と青国(忠清道)の征伐を終えたので、朝鮮半島南岸まで南下し、朝鮮半島南部を恒久的に支配するため、倭城(日本式の城)の建設に取りかかったのであった。

実話「軍師・黒田官兵衛(黒田如水)」のあらすじとネタバレ朝鮮出兵編「加藤清正と蔚山城の戦いのあらすじとネタバレ」へ続く。