天皇の料理番-秋山徳蔵のヨーロッパ修行

TBSのドラマ「天皇の料理番」のモデル秋山徳蔵の生涯を描く「実話・天皇の料理番のあらすじとネタバレ」の実話編「天皇の料理番-秋山徳蔵のヨーロッパ修行のあらすじとネタバレ」です。

このページは「天皇の料理番-秋山徳蔵と築地精養軒のあらすじとネタバレ」からの続きです。

実話・天皇の料理番のあらすじとネタバレの目次は「実話・天皇の料理番-あらすじとネタバレ」をご覧下さい。

■天皇の料理番-オテル・マジェスティックで修行
明治時代、欧米で技術を学んで帰国した者(留学した者)は「洋行帰り」と呼ばれて一目置かれ、尊敬された。

しかし、日本では、4つ足の動物を食べるが長らく忌諱されていたので、動物の肉を調理する西洋料理人の地位は低く、西洋料理人になる者に上等な人間は居なかった。

また、ヨーロッパへの渡航費用も高額だったので、料理の修業でヨーロッパに行こうという者はほとんど居らず、秋山徳蔵より前に本場フランスで料理を学んだのは、築地精養軒の西尾益吉、東洋軒の林玉三郎など数人だけであった。

秋山徳蔵は三田東洋軒で料理長をしていたが、父親が300円(現在の300万円相当)を融通してくれたので、明治42年(1909年)にシベリア鉄道でドイツのベルリンへと入り、日本大使館・畑参事官の推薦により、ホテル・アドロンに就職する。秋山徳蔵が20歳の事であった。

秋山徳蔵はしばらくドイツのホテル・アドロンで働いていたが、ドイツの高級料理店も結局はフランス人が作るフランス料理だったので、やはり本場フランスで学ぶべきだと考え、ドイツを発ってフランスへ渡る。

明治43年(1910年)、フランスに入った秋山徳蔵は21歳のとき、フランスの日本大使館・安達参事官の推薦により、フランスのパリで有名な「オテル・マジェスティック」で働くことになる。(注釈:オテルは「ホテル」のフランス発音です)

こうして、秋山徳蔵は晴れて一流店「オテル・マジェスティック」で修行を開始したのだが、本場フランスといえど、やることは日本の厨房と変わりは無かった。

秋山徳蔵は見習いとしてオテル・マジェスティックに入ったが、秋山徳蔵は日本でもドイツでも西洋料理の修行していたので、他の見習いよりも抜きんでていた。

秋山徳蔵は「これなら。わざわざパリまで来る必要は無かった」と思ったが、料理には教えようにも教えられない妙技があるので、秋山徳蔵は妙技を習得するため、修行に励んだ。

■天皇の料理番-秋山徳蔵と差別
さて、日本は明治38年(1095年)に日露戦争で大国ロシアに勝利して世界中を驚かせていたので、秋山徳蔵は威張った気持ちでヨーロッパに乗り込んだが、ヨーロッパには日本を知らない人も多かった。

また、ヨーロッパではアジア人は差別の対象であり、日本人の秋山徳蔵もシニーズ(支那人)と呼ばれて、差別された。

オテル・マジェスティックで働く秋山徳蔵は、日本やドイツで修行していたので、教わらなくても一通りのことが出来たし、日本人は手先が器用だったので、ジャガイモの皮を剥くにしても、野菜を切るにしても、誰よりも早くて綺麗だった。

秋山徳蔵は日本人だったうえ、料理の腕が良かったこともあり、他のコックから嫉妬され、差別された。特にアベールというコックは、何かにつけて秋山徳蔵を虐めた。

さて、日本では明治44年(1911年)4月、東京市浅草区新吉原江戸町2丁目にある貸座敷「美華登楼(みかどろう)」から出火した火事が起きた。当時は木造建築ばかりだったので、火は西風に煽られて燃え続け、吉原一帯の6500戸を焼き、大勢の女郎が焼け死んだ。

この火事は「吉原の大火」と呼ばれ、映画「吉原炎上」のモデルになった有名な火事で、「吉原の大火」はフランスでも報じられた。

新聞で「吉原の大火」の記事を読んだコックのアベールは、「お前の国は、紙と木で出来ている家ばかりなんだってな」と言い、秋山徳蔵を馬鹿にした。

秋山徳蔵は「俺はお前と違い、日本へ帰れば料理の指導者になるだ」と自分に言い聞かせ、短気を押し殺して、アベールを無視していたが、アベールはすれ違う度に、背の低い秋山徳蔵の頭を抑えたり、シニーズ(中国人)と言って馬鹿にしたので、ついに秋山徳蔵も堪忍袋の緒が切れた。

ある日の昼休み、秋山徳蔵はアベールの側へ行き、ナイフを研ぎ始めた。

アベールは秋山徳蔵を気にも留めていなかったが、秋山徳蔵が研いだナイフを頬に当てて、ナイフの切れ味を確かめ始めたので、アベールは秋山徳蔵の様子に異様なものを感じて立ち去ろうとした。

しかし、秋山徳蔵はアベールを捕まえて、「表に出ろ」と言った。

アベールは「言いたいことは分っている。謝る」と謝ったが、秋山徳蔵は「いいから表に出ろ」と言い、許さなかった。

それも、アルベールは泣きそうな顔をで謝るので、秋山徳蔵はアルベールを許してやると、アルベールは「メルシー。メルシー(ありがとう)」と言って、秋山徳蔵に感謝し、以降は秋山徳蔵を馬鹿にすることはなくなった。

実話・天皇の料理番の実話編「天皇の料理番-秋山徳蔵の缶詰窃盗事件のあらすじとネタバレ」へ続く。

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