天皇の料理番-昭和天皇の赤信号のあらすじとネタバレ

TBSドラマ「天皇の料理番」のモデルとなる秋山徳蔵の生涯を描いた「実話・天皇の料理番」のあらすじとネタバレの昭和天皇の逸話編「昭和天皇の赤信号のあらすじとネタバレ」です。

■昭和天皇は行幸に厳しい理由
昭和天皇は側近にも気を配るような性格で、側近が少々のミスを犯しても厳しいことは言わなかったが、行幸の予定時間を守るように厳しく言っていた。

天皇陛下が行幸で通る道路は交通規制され、天皇陛下の乗る車は、がら空きの道路をパトカーに先導されて走る。このため、昭和天皇の予定が遅れると、交通規制の時間が延びて、大勢の人に迷惑をかける事になるので、昭和天皇は行幸の予定時間には厳しかったのである。

■昭和天皇の赤信号
さて、天皇陛下が通る道路は全て交通規制され、全て青信号になるので、昭和天皇が乗る車が信号機で止まることは無い。

しかし、昭和天皇の乗る車が1度だけ、赤信号で止まった事がある。それは、第2次世界大戦の終戦から2ヶ月後の昭和20年(1945年)9月27日午前のことである。

無条件降伏を受け入れた日本はGHQ(進駐軍)の統治下に置かれ、昭和天皇はマッカーサー元帥に面会することにした。

昭和天皇はGHQ(進駐軍)のマッカーサー元帥に面会するため、昭和20年(1945年)9月27日午前、車4台で皇居を出て赤坂にあるアメリカ大使館へと向かった。

その途中、警視庁の前で信号が赤になったため、昭和天皇が乗る車が止まった。これが、天皇陛下が初めて赤信号で止まった瞬間である。

昭和天皇は非公式でマッカーサー元帥に会いに行ったのだが、マッカーサー元帥との面会は非公式だったため、道路に警備員(警察)が配置されておらず、道路は交通規制されていなかったのである。

実は昭和天皇との面会に際し、マッカーサー元帥から昭和天皇側に、警備員を配置しないこと、随員を縮小すること、マッカーサー元帥は玄関まで出迎えないことなどが言い渡されていたので、道路に警察官が配備されていなかったそうだ。

現在、天皇陛下は公務の時は交通規制されるので信号で止まる事は無いが、非公務の時は交通規制がされないので、平成の今上天皇も非公務の時は信号で止まるそうだ。

昭和天皇のその他の逸話については「実話・天皇の料理番-あらすじとネタバレ」をご覧ください。