真田幸村(真田フランコ)はキリシタン

NHK大河ドラマ「真田丸」の主人公となる真田幸村(真田信繁)の生涯をあらすじとネタバレで紹介する「真田幸村(真田信繁)の生涯」の番外編「真田幸村(真田フランコ)はキリシタンだった」のあらすじとネタバレです。

真田幸村(真田信繁)の生涯の目次は「真田幸村(真田信繁)の生涯のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

■真田幸村(真田フランコ)はキリシタン
六連銭の旗印で有名な真田幸村(真田信繁)は、実はキリシタンで、洗礼名を「真田フランコ(真田フラコ)」という説がある。

キリスト教側の資料「十六・七世紀イエズス会日本報告集」に「内府軍(徳川軍)があまりに激しく攻めたてたので、もし、又兵衛(後藤又兵衛)軍が劣勢に立たされているのを見た真田フランコ(真田幸村)が明石掃部(明石全登)とともに新たな攻撃を仕掛けていなければ、又兵衛(後藤又兵衛)軍は打ち負かされてしまっていたことであろう」という一文があり、真田幸村が「真田フランコ」と表記されているのである(注釈:括弧内は管理人による補足です)。

これは、慶長20年(1615年)に起きた「大坂夏の陣」の「道明寺の戦い」に関する記述で、真田幸村が「真田フランコ」として記述されていることから、大坂夏の陣までに真田幸村が洗礼を受け、キリスト教に改宗していたという説がある。

大坂の陣で豊臣家に味方した大坂牢人五人衆の明石掃部(明石全登)がキリシタン大名として有名で、真田幸村(真田信繁)は大坂夏の陣のとき、明石掃部(明石全登)の影響を受けてキリシタンになったのではないかと考えられている。

ただ、「十六・七世紀イエズス会日本報告集」の他に真田幸村が「真田フランコ(真田フラコ)」という洗礼名で、キリシタンだったことを示す根拠はない。

真田幸村がキリシタンだったという説の信憑性は分かりませんが、真田幸村がキリシタンだったという説があるので、一応、紹介しました。

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