実話・ナポレオンの村-あらすじと結末ネタバレ

唐沢寿明が主演するTBSの限界集落ドラマ「ナポレオンの村」のモデルとなる実話「ナポレオンの村」のあらすじとネタバレの結末ネタバレ編です。

このページには「実話・ナポレオンの村」のあらすじとネタバレが含まれています。「実話・ナポレオンの村」のあらすじや結末のタバレを知りたくない人は「真田幸村(真田信繁)の生涯」をご覧ください。

このページは「ナポレオンの村-実話のあらすじとネタバレ」からの続きです。

■実話・ナポレオンの村-過疎化対策
高野誠鮮は最初に「空き農地・空き農家情報バンク」を企画した。それは、空き農地や空き農家を貸し出して若者を集めるという方法だが、石川県羽咋市神子原の住人は「疎開の時に人を受け入れたが、よそ者を入れると村の秩序が乱れる」と反対した。

そこで、高野誠鮮は「風紀を乱しそうな人は受け入れなくていい」と言い、受け入れる住人については、村民が判断する事を提案すると、村民は居住民の受け入れを承諾した。

そして、高野誠鮮は資料選考の後、移住希望者が神子原見学を行った。村民は見学会で居住民を観察して受け入れる住人を選定し、何人かの移住が決まった。

最初に居住民の受け入れに反対した村民も、いざ居住民を受け入れると、居住民を歓迎した。そして、移住民に子供が生まれると、村民は村を挙げて、我が孫のように可愛がった。

■実話・ナポレオンの村-農協(JA)からの脱却
神子原の農家は年収87万円でも、農協(JA)は年収500万円から600万円を貰っている。農協(JA)に出荷すれば、農家は売値を決める事が出来ず、収入が上がらない。

そこで、高野誠鮮は神子原の農家に、役所と農協(JA)という補助輪を取る事を薦めた。

高野誠鮮の目標は直売所の運営だったが、農家の多くは販路を持っていないので、農協(JA)からの脱却には否定的であり、農家から「お前が売って証拠を見せろ」と言われてしまう。

そこで、高野誠鮮は農家3戸から米50俵を預かり、実際に販売することにした。

高野誠鮮は農家の棚田を使って棚田オーナを募集して、オーナーになった人に田植えをしてもらい、収穫した米を渡すという棚田オーナシステムを募集する。

そして、実際にオーナーが集まり、棚田オーナシステムが農協(JA)に出荷するより、儲かると分かると、興味を示す農家も増え始めた。しかし、農協(JA)からの脱却には、まだまだ否定的だった。

■実話・ナポレオンの村-烏帽子農家親子
さて、高野誠鮮は農協(JA)からの脱却に平行して、女子大生の農業体験希望者を神子原の農家に宿泊させる企画を進める。

しかし、石川県庁薬事衛生課から、金銭を受け取って人を泊める旅館業法違反になると指摘され、何度も呼び出しを受ける。

ところが、高野誠鮮は呼び出しを無視。そして、高野誠鮮は、平安時代から室町時代に行われていた「烏帽子(よぼし)」という仮の親子関係を結ぶ武家の風習に習って、農業体験者と農家が仮の親子を結ぶ「烏帽子(よぼし)農業親子制度」を考案した。

(注釈:全国的には「烏帽子」は「えぼし」と読むのだが、能都地方の仮の親子関係を結ぶ「烏帽子」は「よぼし」と読むようだ。)

烏帽子農業親子制度を考案した高野誠鮮は、烏帽子農業親子制度をマスコミに宣伝し、烏帽子農業親子制度に興味を持ったマスコミが石川県庁に詰めかけると、石川県庁は一転して、仮の親子だから不特定多数を泊めるわけではないと言い、旅館業法違反には当たらないという見解を示した。

こうして、高野誠鮮は烏帽子農業親子制度によって農業体験希望者の女子大生2人を神子原の農家に泊めた。

そのうち1人が法政大学に戻って体験を語ると、法政大学の教授が興味を持ち、「援農合宿」を企画し、今度は法政大学のゼミ生20人が神子原へやってくることになった。

しかし、神子原の農民は受け入れに反対した。

すると、高野誠鮮は農民の反対意見を聞き入れ、「気に入った人が居れば泊めて、気に入らない人なら、泊めなくて言い」といい、農家に受け入れの選択権を与えた。

こうして、学生は1人1人、神子原の農家を回って、泊めてくれるように交渉し、泊るところが決まらなかった学生は、公民館に泊まるという「援農合宿」が行われた。

この援農合宿は、毎年の恒例となり、毎年、法政大学から学生20人ほどが神子原に援農合宿にくるようになった。

■実話・ナポレオンの村-カフェ「花音」
そのようななか、高野誠鮮はコーヒー店を開業しようとする武藤一樹に出会った。

平成19年に援農合宿に来た法政大学生が、神子原の段々畑を利用して巨大なおひな様を作るイベントを計画しており、高野誠鮮は書くマスコミに告知していた。

そこで、高野誠鮮は、この段々畑を利用したおひな様イベントに合わせてカフェ「花音」をオープンさせることにした。

そして、高野誠鮮は開店日を3月3日と決め、武藤一樹をサポートして急ピッチで計画を進め、平成19年3月に農家カフェ「花音」がオープンさせた。

カフェ「花音」は交通が不便で奥まった場所だったので、武藤一樹は車が通る街道に看板を設置しようとしたが、高野誠鮮は看板の設置を止めた。

客が田舎のコーヒー店に求めているのは、看板を出すような店では無いだろうし、道は村民に聞けば、誰でも道を教えてくれるのだという。

高野誠鮮は棚田を利用したおひな様イベントを書くマスコミに告知していたこともあり、大勢の人が神子原に集まった。カフェ「花音」も1時間待ちの盛況となり、その後もカフェ「花音」は予約が取れなこともあるほど繁盛するようなった。

■実話・ナポレオンの村-神子原米
ところで、農家を役所と農協(JA)から脱却させようとする高野誠鮮には、大きな宿題があった。

高野誠鮮は農家を説得したとき、農家から「実際に売ってみろ」と言われ、農家3戸から米50俵を預かっていたのである。

高野誠鮮は神子原米について調べていると、羽咋市のコシヒカリが雑誌の「全国の美味しいお米のランキング」で3位にランクインしており、料理人からも評判は良い事が分かった。さらに調べていくと、そのコシヒカリの産地が神子原だと判明したのである。

そこで、高野誠鮮は神子原米にブランド力を付けるため、有名人に神子原米を愛用して貰おうと考えた。そこで浮かんだのが、天皇陛下であった。神子原米の「神子」は「皇子」に通じるため、天皇陛下に最適ではないかと考えたのである。

加賀藩(石川県)前田家16代当主・前田利裕(まえだとしやす)が宮内庁に居る事が分かったので、高野誠鮮は前田利裕に会い、「毎週、金曜日に天皇陛下に神子原米を召し上がって頂きたい」と頼むと、前田利裕は「料理長に言って、今晩から召し上がって頂くようにしよう」と引き受けてくれた。

このため、高野誠鮮は神子原米に天皇家御用達が使えると喜んだが、後日、前田家16代当主・前田利裕から電話があり、天皇陛下に出す米は献穀田の米だと決まっているため、神子原米を加える事は難しいということであった。

(注釈:実話「天皇の料理番」のあらすじとネタバレは「実話・天皇の料理番-あらすじとネタバレ」をご覧ください。)

■ナポレオンの村-ローマー法王に献上
天皇陛下に神子原米を献上する事に失敗した高野誠鮮は、次の手を考えた。

高野誠鮮は、神子原米を英語に訳すと「the highlands where hte son of god dwells」になり、「son of god」とい言えばイエスキリストだと考えた。

そこで、高野誠鮮は、キリスト教で最も影響力のあるローマ法王に神子原米を食べて貰おうと思い、ローマ法王に手紙を書いた。

しかし、1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、ローマ法王から返事が来ないので、高野誠鮮は「アメリカは米国と書く。アメリカ大統領に食べてもらおう」と思い、アメリカのブッシュ大統領に神子原米を食べてもらうため、アメリカ大使館と交渉を開始した。

そのようななか、ローマ法王庁から「話が聞きたい」という手紙が届いたので、高野誠鮮は急遽、市長を連れてバチカンへと飛んだ。

高野誠鮮が神子原の説明をしながら、神子原をイエスキリストに結びつけるのは解釈に少し無理があると思ったが、ローマ法王は細かいことは大目にみれくれたらしい。

ローマ法王は「神子原の人口は500人ですね。バチカンの人口は800人足らずの世界一小さな国です。小さな村から小さな国への架け橋をさせて頂きましょう」と言い、神子原米の献上を承諾してくれた。

バチカンにはこれまでの献上の記録が残っている。記録によると、日本人で初めてローマ法王に献上したのは、戦国大名の織田信長で、織田信長は屏風を献上していた。

その記録を調べてみても、米を献上した日本人は居なかったので、神子原米が日本で初めてローマ法王に献上した米となる。

さて、神子原米がローマ法王御用達となったというニュースが流れると、石川県羽咋市に問い合わせが殺到した。神子原米を欲しいのだという。

しかし、高野誠鮮は、金持ちには神子原米を売らず、「売り切れました。まだデパートならあるかもしれません」と答えた。

すると、金持ちはデパートに問い合わせるので、デパートが神子原米を欲しがるようになった。

また、高野誠鮮は、神子原米とワイン酵母を使って日本酒「客人(まれびと)」を製造した。ソムリエの田崎真也も「客人」も絶賛し、「まるでワインのようだ」と評判になった。

■実話・ナポレオンの村-神子の里
神子原米のブランド化に成功した高野誠鮮は、役所と農協(JA)という補助輪を取るため、農産物の販売所の設立について話を進めた。

しかし、神子原の農家は「米は売れたが、野菜は分からん。失敗したら、誰が責任を取るんだ」と反対した。

有名な直売所の視察に行き、神子原の農家も直売所の良さは認めているのだが、いざ自分がやるとなると、失敗する事を考えてしまうのである。

何度、話し合っても平行線だったが、45回目の会議で、農家の1人が「昨日、パチンコで2万円、負けた。どや、パチンコで負けたと思って2万円ずつ出してみんか?」と提案すると、話し合いは急転した。

全員の賛成は得られなかったが、農家169世帯のうち131世帯が出資し、出資金300万円が集まり、農業法人「神子の里」を設立に至る。そして、農林水産省の補助金1億1400万円を得て、直売所の運営を開始した。

しかし、質の悪い野菜や農協に出荷できなかった余りの野菜を直売所に置く農家なども出てきた。

身内が店長では、なれ合いになり、質の悪い野菜を断れないので、高野誠鮮は農家カフェ「花音」を経営する武藤一樹に直売所の店長を頼み、農家にも「ダメな野菜は農協(JA)に出荷して、良い物だけを直売所に持ってきてくれ」と頼んだ。

それ知った農協(JA)から苦情が来たが、直売所は年々と売り上げを伸ばし、出資してくれる農家も増え、売り上げは1億円へと迫った。

また、高野誠鮮は農協(JA)からの脱却を推進していたので、農協(JA)とは険悪な関係にあったが、直売所「神子の里」の創業祭を切っ掛けに、農協(JA)からも認められるようになり、関係は改善していった。

■実話・ナポレオンの村-自然農法米
平成21年(2009年)の夏、高野誠鮮は、青森県に住む木村秋則が日本で初めて(そおらく世界で初めて)無農薬・無肥料でリンゴの栽培に成功したという情報を耳にする。

木村秋則は忙しかったので、会えなかったが、木村秋則の弟子を見つけだして視察し、木村秋則の自然農法は本物だと感じた。

そこで、高野誠鮮は木村秋則に連絡を取り、木村秋則の講演会を計画。さらに、化学肥料や農薬を推奨している農協(JA)を「これならTTPに勝てる」と説得して、講演会の実行委員長を頼むと、TTP問題で困っていた農協(JA)は乗り気になり、木村秋則の講演会が実現した。

偶然にも木村秋則はUFOに乗った経験があり、高野誠鮮が東京時代に手がけていたUFO番組を見ていたというので、高野誠鮮はUFO談義を期待していたのだが、木村秋則の話を聞いて食の安全性について考えさせられる。

そこで、高野誠鮮は木村秋則を口説き落として、神子原町で木村秋則の自然栽培塾を開催し、自然農法でコシヒカリを作った。

農薬や肥料を使う在来農法の農家から、「虫が飛んできたらどうしてくれるんだ」と文句を言われたり、「ダンプで突っ込むぞ」などと脅されたり、嫌がらせを受けたが、無事に自然栽培でコシヒカリが出来た。

自然栽培で出来たコシヒカリは昔の懐かしい味で、2kgで1500円、5kgで3500円と少し高いが年内に完売した。

こうして、高野誠鮮が手がけた企画は数々の賞を受け、高野誠鮮は「スーパー公務員」と呼ばれるようになった。

その後、高野誠鮮は漁村の活性化にも取り組み、平成23年(2011年)には漁民の自立自活を目指して直販所「潮風市場」をオープンする。

また、平成24年(2012年)には、パリの三つ星レストラン「アラン・デュスカ」から神子原地区で作った自然農法米を使いたいので送って欲しいという注文が入り、自然農法の神子原米が農業大国フランスへの進出を果たした。

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