ドラマ「仰げば尊し」の原作「ブラバンキッズ」の結末ネタバレ

TBSのドラマ「仰げば尊し」の原作「ブラバンキッズ・ラプソディー」「ブラバンキッズ・オデッセイ」のあらすじとネタバレ後半です。

このページは『仰げば尊し-原作「ブラバンキッズ」のあらすじとネタバレ』からの続きです。

■ブラバンキッズ-2年目

部長・藤田剛ら3年は関東大会の銀賞で有終の美を飾り、吹奏楽部からが引退すると、2年生の片野誡が部長を引き継ぎ、吹奏楽部は新チームとなった。

吹奏楽部は、関東大会へ出場したことで、全国大会という目標が現実的な目標となり、本気で全国大会を目指すため、自主的にタバコを止めた。

野庭高校の吹奏楽部は、広原正典をコーチに迎え、全国大会を目指して厳しい練習を開始した。

練習は夜遅くまで行われ、日曜日も練習で、休みなどなかったが、不満を漏らす部員は居なくなっていた。

そうした一方で、中澤忠雄は「音楽は心」という信念から、音楽だけを教えていてはダメだと思い、吹奏楽部にゴミ拾いをさせるようになった。

昭和57年(1982年)4月、新年度を迎え、部長・片野誡らが3年生になると、吹奏楽部と中澤忠雄は話し合い、「思いやり」をテーマに決めた。

自己中心的な考えを改め、思いやりの心を持って、みんながひとつにまとまる。そういう願いを込めた。

しかし、中澤忠雄やコーチ・広原正典の目から見ても、この年の吹奏楽部は全国大会というレベルではなかった。

そこで、中澤忠雄は今まで以上の練習を課した。中澤忠雄は本気で指導したので、本気で怒った。中澤忠雄は練習中に激怒して帰り、部長・片野誡が追いかけるという事が日課のようになっていた。

一方、部員たちも本気で全国大会を目指し、本気で練習を受けていた。男子が禁煙した事を受け、女子も禁アイスを行った。また、演奏時間12分を集中して演奏する訓練として、12分間正座する精神統一の訓練も練習に取り入れた。

この年の吹奏楽部は中澤忠雄から1度も褒められたことが無く、怒られ続けてばかりで、県大会出場も危ういと言われていた落ちこぼれチームだったが、大会に出場すると、実力以上の力を発揮し、見事な演奏で地区大会と県大会を突破し、関東大会へと進出した。

さて、中澤忠雄にとっても関東大会は大きな壁だった。中澤忠雄は迷いから「朝練を止めて、体調を整えた方がいいんじゃないか?」と相談すると、コーチ広原正典に「それで負けたら後悔します。いつも通りがいい」と言われ、勝つには練習しか無い事を再認識する。

迷いを吹っ切った中澤忠雄は、部員に今まで以上の猛特訓を行い、関東大会へと望んだ。

厳しい練習に耐え抜いた野庭高校の吹奏楽部は、中澤忠雄の期待に応え、関東大会で金賞に選ばれて全国大会出場を決め、「吹奏楽の甲子園」とも呼ばれる普門館へと駒を進めた。

初めて普門館の舞台に立った野庭高校の吹奏楽部が演奏を始めると、会場がザワツキだした。あれは、どこの高校からし…。

やがて、野庭高校の演奏が終わると、会場から歓声があがった。

応援に駆けつけた父兄は、演奏が終わったら最期まで拍手して、少しでも審査員に印象づけようと努力した。

そして、審査の結果、野庭高校の吹奏楽部は、金賞に選ばれた。弱小・無名だった野庭高校の吹奏楽部は、中澤忠雄が指導し始めてから、わずか2年で全国大会の金賞に選ばれたのである。

会場に来ていた、前部長・藤田は、我が事のように喜び、泣きながら中澤忠雄に「先生、ありがとうございます」と礼を言った。

この年、吹奏コンクールのA部門に参加したのは全国1020校で、全国大会に出場したのは27校。そして、金賞に選ばれたのは、わずかに8校だけだった。

(注釈:ここで紹介した原作ネタバレはドラマ「仰げば尊し」の原作部分だけとなります。原作「ブラバンキッズ・ラプソディー」「ブラバンキッズ・オデッセイ」では、その後の野庭高校・吹奏楽部の紆余曲折も描かれています。)

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