僕たちがやりました-原作の結末ネタバレ感想文

フジテレビのドラマ「僕たちがやりました」の原作となる漫画「僕たちがやりました」の最終回の結末を含む読書感想文です。

このページには最終回の結末ネタバレが含まれています。知りたくない方は閲覧にご注意ください。

原作のあらすじとネタバレは「僕たちがやりました-原作のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

■僕たちがやりました-原作の感想

原作漫画「僕たちがやりました」を読んだ。漫画「僕たちがやりました」は、「そこそこ楽しい生活」を送ろうとする増淵トビオが、ちょっとしたイタズラから矢波高校爆破事件を起こし、殺人犯に転落してしまう物語である。

漫画「僕たちがやりました」は登場人物の全員が「クズ」というコメディー漫画で、登場人物の誰一人として好きになれなかったし、感情移入も出来なかったが、単純に読んで面白かった。

■増淵トビオの感想

増淵トビオのテーマは「日常の幸せ」だった。増淵トビオは、「そこそこ楽しい生活」を目指し、それを守ってきたが、矢波高校爆破事件によって殺人犯に転落し、「そこそこ楽しい生活」を失ってしまう。

しかし、私は「そこそこ楽しい生活」というのは、かなり贅沢な願望だと思う。

今の日本に、どれほど、「そこそこ楽しい生活」をしている人が居るのだろうか。私は、自分の生活が「そこそこ楽しい」と感じている人は、少ないと思う。

だから、「そこそこ楽しい」と思える生活は、幸せな生活であり、恵まれた生活だと思う。

それに気付かない人は、失ってからこそ、「そこそこ楽しい生活」が幸せだったことに気付くのだと思う。

人は、失ってから、初めてその価値に気付くことが多いが、失ってから、価値に気付いても遅いのだ。だけど、人間というのは、失わなければ、価値に気付かない、バカな生き物なのだ。

ところで、増淵トビオは主人公なのに、かなり性格が悪いクズだった。

増淵トビオは、矢波高校の不良をバカと言い、「アイツら死なねーかな」と思ってるし、最終回で小坂秀郎(パイセン)に心を救われたときも「とんでもない底辺(バカ)に救われた」と思っている。

増淵トビオは、矢波高校爆破事件の後、色々と苦悩するのだが、それは全て自分が楽になるための苦悩であり、殺してしまった10人に対する罪の意識や、贖罪の念は一切、無かった。

そもそも、増淵トビオは矢波高校を不良(バカ)が死ねば良いと思っており、矢波高校爆破事件で10人の不良が死んでセイセイしているのではないだろうか。

最終回(10年後)の増淵トビオは、様々な苦悩をしながらも、飲み会で知り合った「夏ちゃん」と結婚して、「幸せ」で過去のトラウマに蓋をしながら過ごしていた。

■キノコ頭の丸山友貴(マル)の感想

キノコ頭の丸山友貴(マル)も、清々しい程のクズだった。

丸山友貴(マル)は、増淵トビオを騙して口止め料300万円を盗んで逃走して京都で豪遊し、金が無くなると、今度は伊佐美翔の口止め料300万円を盗むもうとした。

しかも、矢波高校爆破事件で10人を死なせてしまったにも関わらず、「最初に悪い事をしたのはアイツら」と言い、責任を微塵も感じていなかった。

そもそも、丸山友貴(マル)が矢波高校の不良にボコボコにされた原因は、丸山友貴(マル)が矢波高校の悪口を言ったことなのに、丸山友貴(マル)は、悪口を言ったとについては「それは遡りすぎ」と言って、自分の都合良く、無かった事にしていた。

しかも、丸山友貴(マル)は、友達のふりをして、小坂秀郎(パイセン)を金づるだとして扱っていた。

丸山友貴(マル)は、相当なクズなのだが、ここまで徹底していると、逆に清々しい感じもしてくる。

さて、丸山友貴(マル)は、最終回の10年後にみんなと再会したとき、「ミトコンドリア水」のマルチ商法を始めていた。

第8巻の「最高の自首」計画で余った2000万円を盗み、それを元手にして「ミトコンドリア水」のマルチ商法を始め、年収3000万円の勝ち組になっていた。

しかし、丸山友貴(マル)がマルチ商法で儲けて勝ち組になったのかは、眉唾ものである。

だいたい、マルチ商法をしている人は、自分が儲かっている話をして、「君もお金持ちになりたいでしょ?頑張れば、僕のようにお金持ちになれるよ」という見栄を張って、子ネズミを勧誘する。

だから、丸山友貴(マル)が年収3000万円と言っていたが、私はマルチ商法をやっている人間の言葉など信用しないので、丸山友貴(マル)の年収3000万円という話しは嘘だと思っている。

もし、漫画「僕たちがやりました」の最終回(第9巻)を読んで、丸山友貴(マル)が年収3000万円の勝ち組になったと思った人がいるのなら、色々と騙されないように注意した方が良いと思う。

■キノコVSウンコ

カールおじさんの低迷を尻目に、お菓子業界では「キノコの里」と「たけのこの里」が激しく覇権を争っている。

一方、漫画「僕たちがやりました」では、「キノコVSウンコ」という底辺の戦いが繰り広げられていた。

ことの発端は、キノコ頭の丸山友貴(マル)が第1巻で矢波高校の悪口を言った事だった。

キノコ頭の丸山友貴(マル)は、その悪口を矢波高校のリーダー市橋哲人に聞かれてしまった。一度は、小坂秀郎(パイセン)の買収工作によって、ピンチを脱したが、結局は矢波高校のリーダー市橋哲人に捕まってボコボコにされた。

このとき、ガンを付けたという理由で、もう1人、男子生徒が矢波高校の不良に捕まっていた。

この男子生徒が、通称「ウンコ」である。

捕まった丸山友貴(マル)は、矢波高校のリーダー市橋哲人の命令で、ウンコと決闘させられ、底辺の戦いながらも、キノコ頭の丸山友貴(マル)が勝利した。

丸山友貴(マル)はウンコに勝ったが、結局は矢波高校の不良にボコボコにされて、小坂秀郎(パイセン)の元に送られた。

これが切っ掛けで、小坂秀郎(パイセン)ら4人は、矢波高校に爆弾を仕掛けて、矢波高校爆破事件を起こすことになる。

一方、決闘で負けた男子学生「ウンコ」は、矢波高校の不良によって、右手に「UNKO」という入れ墨を彫られてしまったのである。

さて、増淵トビオ・伊佐美翔・小坂秀郎(パイセン)は、矢波高校爆破事件の後、それぞれに苦悩するが、キノコ頭の丸山友貴(マル)だけは罪悪感など感じず、増淵トビオの口止め料を盗んで豪遊していた。

ところが、丸山友貴(マル)は通称「ウンコ」に見つかり、通称「ウンコ」に襲撃され、背中にナイフで卑猥な言葉や絵(入れ墨)を彫られてしまうのである。

丸山友貴(マル)が罪悪感に苦しまない理由は、ここにある。

増淵トビオら3人が精神的な十字架を背負ったのに対し、丸山友貴(マル)は背中に一生消えない傷(入れ墨)という物理的(視覚的)な十字架を背負った。

丸山友貴(マル)は、物理的(視覚的)な十字架は背負う役割なので、精神的な十字架は負わないキャラクターだと解釈できる。

■伊佐美翔の感想

丸山友貴(マル)はお金なのに対し、伊佐美翔のテーマは「性欲」だった。心理学者フロイトは、人間が生きるエネルギー源は性欲だと指摘しているので、性欲に執着した伊佐美翔のテーマは「生きる」ことに執着したとも言える。

伊佐美翔は、4人の中で唯一、矢波高校爆破事件で死んだ被害者10人の自宅を訪れて、謝罪してまわるのだが、それは自分の性欲を取り戻すためであり、偽りの謝罪遍路だった。

伊佐美翔も、やはり、矢波高校爆破事件で死んだ不良の事を何とも思っていないクズだった。

最終回(10年後)の伊佐美翔は、今宵と結婚して建設現場で働き、長男・明日男と長女・モネという子供を儲けていた。

ただ、今宵は増淵トビオと愛欲の日々を過ごしていたので、伊佐美翔の長男・明日男の本当の父親は、増淵トビオだと思う。

■小坂秀郎(パイセン)の感想

小坂秀郎(パイセン)は親が大金持ちで、親の金で遊んで暮らす20歳のニートだった。友達が居ないので、増淵トビオらと遊んでいた。

小坂秀郎(パイセン)は、矢波高校爆破事件を起こして捕まってしまうのだが、お金持ちの父親がホームレスを真犯人として出頭させ、逮捕されていた小坂秀郎(パイセン)を釈放させた。

このとき、小坂秀郎(パイセン)は、刑事・飯室成男から父親が風俗界のドン・輪島宗十郎で、自分が輪島宗十郎の愛人の息子である事を教えられる。

さらに、父・輪島宗十郎がホームレスを替え玉にして、小坂秀郎(パイセン)を助けたのは、「殺人犯の父親」という事実を消すためだと教えられた。

しかし、小坂秀郎(パイセン)が「父親の愛」を確かめるために、父・輪島宗十郎に会いに行くと、父・輪島宗十郎は小坂秀郎(パイセン)の事も矢波高校爆破事件の事も知らなかった。

ホームレスの替え玉は、父・輪島宗十郎の側近が独自の判断で処理していたのである。

刑事・飯室成男が、ホームレスの替え玉に自首させたのは、「殺人犯の父親」という事実を消すためだと言っていたのだが、それは何だったのだろうか。ちょっと、解釈が難しかった。

さて、小坂秀郎(パイセン)は、「最高の自白」の時に異母兄を殺害し、殺人罪で逮捕され、10年間、刑務所に入っており、最終回(10年後)ではお笑い芸人を目指していた。

小坂秀郎(パイセン)は「ネバーエンディングあるある」という一発芸をやっていたので、やっぱり、モデルはレイザーラモンRGだと思った。

■市橋哲人の感想

矢波高校のリーダー・市橋哲人は、因果応報という役割があった。

市橋哲人は丸山友貴(マル)をボコボコにしたことが切っ掛けで、小坂秀郎(パイセン)らが矢波高校爆破事件を起こし、市橋哲人は爆破に巻込まれて大やけどを負い、車いす生活になった。

不良の市橋哲人は、弱い物をイジメて他人の夢を奪ってきたのに、被害を受けて車いす生活になると、「3年間、真面目に予備校、行ってたのによ。パイロットになる予定だったのに」「あんな底辺のゴミどもに、何もかも潰された」と言い出した。

不良の市橋哲人が、急にパイロットとか言い出したので、矢波高校爆破事件で頭がおかしくなったのではないかと思い、心配していたのだが、漫画「僕たちがやりました」自体がとんでもない展開の連続だった。

そして、市橋哲人は第6巻で、「ばあちゃんも死んじゃったし、パイロットになる夢も叶わない。リハビリしても元通り、上手く歩けるようにはならない。別にもう、誰も怨んでねーけど、希望がゼロになっただけだ」と言い、病院から飛び降りて死んだ。

市橋哲人は「悲劇のヒロイン」を気取って自殺するのだが、市橋哲人がこれまでにカツアゲしたり、虐めたりしてきた人の事は何とも思わずに死んでいけるのは凄いと思った。

市橋哲人は「別にもう、誰も怨んでねーけど」と言ってるが、私は「市橋哲人は怨まれる側」ではないのかと思った。

■最高の自首の動機

増淵トビオ・丸山友貴(マル)・伊佐美翔・小坂秀郎(パイセン)の4人は、それぞれに苦悩した末、第8巻で自首することを決める。

しかも、警察に自首するのではなく、小坂秀郎(パイセン)の全財産1億2000万円を使って、世間に自首をするというのだ。

私は、この「最高の自首」について、坂秀郎(パイセン)以外の動機に納得が行かなかった。

小坂秀郎(パイセン)の動機は、父・輪島宗十郎の悪事(ホームレスを真犯人にしたこと)を世間にバラして、父・輪島宗十郎に自分の存在を認めさせるという動機だった。

丸山友貴(マル)の動機は、お金やチョメチョメよりも、仲間が大切なことに気付いたからだった。

伊佐美翔は、今宵が子供を妊娠したので、罪を償いたいという動機だった。

増淵トビオは、刑事・飯室成男に呪いを掛けられて不自由だったから、自由になりたいという動機だった。ただし、この動機は嘘ではないが、全ては語っていない。

私は、小坂秀郎(パイセン)の動機には納得できたが、丸山友貴(マル)・伊佐美翔・増淵トビオの3人の動機については納得できなかった。

特に、世間に自首する事によって罪を償いたいとか、自首する事によって自由になりたいという動機は、被害者不在で単なる自己満足だと思った。

罪を償いたかったり、自由になりたいのであれば、世間に自首するのではなく、被害者に許しを請うべきだと思った。

主人公が痴漢の冤罪で逮捕される映画「それでも、僕はやってない」がある。増淵トビオら4人が映画「それでも、僕はやってない」を観たら、どう感じるのだろうか。ちょっと気になった。

■最高の自首で終わってた方が良かった

漫画「僕たちがやりました」は、第8巻の「最高の自首」でタイトルの「僕たちがやりました」を回収した。

だから、私は、第8巻の「最高の自首」を成功させ、完結した方が話しがスッキリして良かったのでは無いかと思った。

なぜなら、「最高の自首」の後の展開が強引で、蛇足だと思えたからだ。

小坂秀郎(パイセン)は全財産1億2000万円を引き出した時から、父・輪島宗十郎の側近に監視されており、増淵トビオら4人は「最高の自首」を達成したものの、父・輪島宗十郎の側近に拉致されてしまう。

しかも、父・輪島宗十郎が全財産の7割を使って、SNSやインターネット上の情報や動画を全て削除した。

この辺が、かなり強引なので、違和感を覚えた。

そもそも、小坂秀郎(パイセン)が全財産1億2000万円を引き出した時点で、父・輪島宗十郎の側近がマークしていたのなら、小坂秀郎(パイセン)らが「最高の自首」をする前に潰せば良かったのではないか。

それに、SNSで拡散された情報や動画を全て削除するなど、中国政府レベルの権力が無ければ不可能だと思ったので、「最高の自首」を成功させて完結した方がスッキリした結末になるのではないかと思った。

■梅宮辰夫のクラウディア・トルネードの意味

伊佐美翔の彼女・今宵の父親が梅宮辰夫だった。(注釈:絵が梅宮辰夫に似ているだけで、実在する梅宮辰夫ではない)

この梅宮辰夫が「クラウディア・トルネード」という技を使う。

この「クラウディア」は、実在する梅宮辰夫の妻の名前である。

さらに、原作漫画「僕たちがやりました」の最終回(第9巻)で、増淵トビオと小坂秀郎(パイセン)がカラオケで、羽賀研二の「ネバー・エンディング・ストーリー」を歌う。

実話の羽賀研二は、梅宮アンナと交際していたが、梅宮辰夫に交際を反対され、「誠意」という言葉でワイドショーを賑わした末に破局した。

そして、羽賀研二は未公開株先事件を起こして芸能界から消えた。

漫画「僕たちがやりました」の伊佐美翔は最終回で彼女・今宵と結婚して2児のパパになっているので、伊佐美翔は梅宮アンナと羽賀研二の破局のアンチテーゼとして描かれているのかもしれない。

■僕たちがやりました-結末の意味と感想

原作漫画「僕たちがやりました」の最終回(第9巻)で、増淵トビオが好きだった蓮子は、パパイヤ鈴木と結婚していた事が判明した。

(注釈:パパイヤ鈴木というのは、絵がパパイヤ鈴木に似ているだけで、実在するパパイヤ鈴木ではない)

私は、最終回で突然、現れたパパイヤ鈴木と結婚するくらいなら、矢波高校のリーダー・市橋哲人と結婚した方が良かったのではないかと思った。

しかし、矢波高校のリーダー・市橋哲人は、パイロットになる夢を奪われ、増淵トビオに蓮子を取られて絶望し、第7巻で病院の屋上から飛び降りて死んでいる。

私は、もし、市橋哲人が死なずに生きていれば、蓮子は市橋哲人と結婚したのではないかと思った。

伊佐美翔は、矢波高校爆破事件の後、自殺を図ったが、ロープが切れて助かったので、増淵トビオに今宵を寝取られたり、紆余曲折はあったが、最終回では今宵と結婚して、2人の子供のパパとなった。

また、増淵トビオは、最終回の結末で「いつか、もし、絶えきれない日が来たら、その時は死ねばいいだけの話しだろ」と言っている。

だから、私は、原作漫画「僕たちがやりました」の最終回は、「悩みや苦労があっても、人間なんて身勝手な生き物なのだから、自分の都合良く解釈して生きて行けばいい。だけど、死んだら終わりだ。死んだら終わりだけど、生きていれば、何かしらのチャンスはあるかもしれない。生きていれば、何か良いことがあるかもしれない。死のうと思えば、いつでも死ねるし、どうせ、人間はいつか死ぬものだ。だから、それまでは、悩みがあっても、自分の都合良く解釈すればいい。とりあえず、生きている事が大事だ」という意味だと思った。

市橋哲人は一度、蓮子に振られたが、最終的に蓮子は増淵トビオと破局しているので、市橋哲人が死んでいなければ、蓮子と付き合えたのでは無いかと思う。

死んだら終わりだけど、生きてさえいれば、チャンスが来るかも知れない。だから、生きている事が大事なのだと思った。

■増淵トビオ-結末の表情の意味

原作漫画「僕たちがやりました」の最後のページは、矢波高校爆破事件で大爆発が起きたとき、増淵トビオが笑っていたというシーンで終わった。

これは、どういう意味なのだろうか。

増淵トビオは、第1巻の冒頭で「第3次世界大戦とか起こんねーかな」と思っている。

さらに、増淵トビオは、教室から矢波高校の不良を見て「アイツら死なねーかな」と思っている。

それに、増淵トビオは、矢波高校に進入して爆弾を取り付けるとき、小坂秀郎(パイセン)がプロパンガスの近くに爆弾を取り付けるのを見ていたが、止めなかった。

止めようと思えば、止められたはずだが、増淵トビオは止めなかった。

だから、最後のページで増淵トビオが爆破時に笑っていたのを見て、私はこう思った。

矢波高校爆破事件は、ガラスを割るという小さなイタズラが思わぬ大爆発を招いてしまったのではなく、増淵トビオは本当は大爆発が起きて矢波高校の不良が死ぬのを望んでおり、それが実現した。だから、最後のページで増淵トビオが爆破時に笑っていたのではないか。

■僕たちがやりました-読み終えた感想

漫画「僕たちがやりました」は全くリアリティーが無く、とんでもない展開の連続で、ジェットコースターのような漫画だった。

登場人物が全員クズなので感情移入することもなく、コメディー漫画として最後まで楽しく読めた。

そして、私は、漫画「僕たちがやりました」を読んで、昔の無責任タレントの植木等や高田純次のような漫画だと思った。現代で言えば、チャラ男芸人だ。

特に高田純次は、テレビ番組でも、その場その場で適当な発言を繰り返し、まともなことは一切言わないが、視聴者に「こんな適当な人でも生きてるんだ」という安心感を与える。

漫画「僕たちがやりました」も、ストーリー展開が行き当たりばったりのご都合主義に徹しており、登場人物も、みんな自分勝手で適当に生きていた。

おそらく、漫画「僕たちがやりました」は、昔の無責任タレントや、今のチャラ男芸人のようなラインを狙い、行き当たりばったりのストーリー展開にしたのだと思う。

だから、私は漫画「僕たちがやりました」を読み終えて、「こんな適当で良いんだ」と思い、少し気持ち楽になった。

ニュースなどを見ていると、今の日本人は色々とギスギスしているようだが、漫画「僕たちがやりました」のように、適当に行き当たりばったりで、気楽に生きても良いのではないかと思った。

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