黒革の手帖-原作の結末と黒幕ネタバレ感想文

松本清張の小説「黒革の手帖」の結末や犯人や黒幕のネタバレを含む読書感想文です。

■黒革の手帖-感想

松本清張の小説「黒革の手帖」を読んだ。

原作小説「黒革の手帖」は、東林銀行・千葉支店の行員・原口元子が、横領した7568万円を元手にして、銀座でクラブ「カルネ」を開店し、産婦人科病院の院長・楢林謙治や医科大予備校「医科進学ゼミナール」の理事長・橋田常雄を脅迫して大金を手に入れ、更に大きな店を手に入れようとするストーリーである。

銀座に出店するクラブの経費や、そこで働くキャバクラ嬢の給料なども細かく描写されて面白かった。

小説「黒革の手帖」は昭和53年(1978年)11月に連載を開始した作品なので、現在とは多少、事情が違うだろうが、それでも、色々と勉強になった。

さて、小説「黒革の手帖」は銀座のクラブを舞台にしたストーリーで、銀座のクラブという夜の世界から医療界の闇にメスを入れていた。

山崎豊子が小説「白い巨塔」で大学病院の闇を描いていたが、小説「黒革の手帖」は全く違う、税金や脱税といった角度から、産婦人科病院の闇に切り込んでいた。

開業医や産婦人科病院が儲かると言われるのは、こういう仕組みになっているのかと、なかなか感心させられた。

スポンサードリンク

■原口元子は悪女

原口元子は東林銀行に就職したときから、上司に冷たくされ、同僚にも疎外されていた。昼食の時も近寄ってくる同僚は居らず、仕事の後も同僚に誘われることは無かった。

そして、原口元子は、男性行員からも仕事以外で声は掛けられず、後輩に指導しても慕われることは無かった。

私は、原口元子が不細工なので、みんなから嫌われていたのかと思い、不憫な子だと思いながら小説「黒革の手帖」を読んでいた。

しかし、原口元子が銀行で横領した資金を元手でクラブ「カルネ」を開業した後の様子を見ていると、どうも原口元子の問題は顔ではなく、性格にあるような気がしていた。

そもそも、銀座でクラブを始めたいので、コツコツと貯金するというのなら応援するが、原口元子の場合はコツコツと横領しているだけなので、全く応援できない。地獄に落ちろとしか思えない。

しかも、本格的に修行をするのなら分かるが、ちょっと知人の店で手伝いをしただけで、銀座に自分の店を出すのは、考えが甘すぎるのではないかと思った。

実際、原口元子はクラブ「カルネ」の店舗の広さを読み誤り、予想よりも多くのホステスを雇わなければならなくなった。それで、開店早々に赤字である。

赤字なら経営努力をすれば良いのに、何の努力もせず、楢林産婦人科病院の院長・楢林謙治を脅してお金をゆすり取ろうと考える時点で、原口元子はダメ人間だと思う。

それに、原口元子が楢林産婦人科病院の院長・楢林謙治から5000万円を脅し取ったときも、看護婦長・中岡市子には790万円しか渡さなかった。せめて半分は看護婦長・中岡市子にやれと思った。

また、原口元子が院長・楢林謙治から5000万円を騙し取るときに、連れ込み宿に連れ込むのだが、完全に「やらずぼったくり」だったので、せめて、数回はさせてあげろと思った。

ぼったくりバーですら、酒は飲ませてくれるのに、原口元子は完全な「やらずぼったくり」で、一切汚れていない。

原口元子は、こういう性格だから、東林銀行時代も同僚が寄りつかなかったのだと思った。

■犯人は総会屋・高橋勝雄

原口元子は銀座の一流クラブ「ルダン」を購入しようとして、「医科進学ゼミナール」の理事長・橋田常雄らに騙されて全てを失ってしまった。

原口元子を騙した犯人は、総会屋・高橋勝雄だった。

総会屋というのは、企業の株主総会を邪魔したりして、利益を得る仕事である。

高橋勝雄は総会屋の大物で、理事長・橋田常雄、女将・梅村ミキ、女中・島崎すみ江、オーナー長谷川庄治、秘書・安島富夫らを使い、原口元子を騙したのである。

しかし、総会屋・高橋勝雄は原口元子に恨みがあるわけでもなく、全ては黒幕・山田波子の差し金だった。

スポンサードリンク

■黒幕はホステスの山田波子

山田波子は、原口元子が経営するクラブ「カルネ」で働いていたホステスである。

山田波子は、元々は東京でホステスをしていたが、神戸へ行き、1年間、神戸のナイトクラブで働いていたが、東京が恋しくなって、東京へと舞い戻り、新規オープンした店で働きたいと言い、クラブ「カルネ」で働くようになった。

しかし、ホステス山田波子は、楢林産婦人科病院の院長・楢林謙治をパドロン(金主)として独立し、クラブ「カルネ」の2階上にクラブ「バーデン・バーデン」を開こうとした。

ところが、原口元子が看護婦長・中岡市子から入手した脱税用の架空名義口座のリストで楢林産婦人科病院の院長・楢林謙治を脅して5000万円を支払わせたため、ホステス山田波子のクラブ「バーデン・バーデン」出店計画は頓挫してしまう。

原口元子に弱みを握られた院長・楢林謙治は、原口元子の逆鱗に触れることを恐れて、ホステス山田波子から手を引いたため、ホステス山田波子は開店資金が作れなくなったのである。

クラブ「バーデン・バーデン」の出店計画が破綻したホステス山田波子は、原口元子に激怒し、「銀座で商売を出来なくしてやる」と吐き捨てた。この捨て台詞が、結末への伏線になっている。

ところで、私が小説「黒革の手帖」を読んでも、よく分からなかったのは、ホステス山田波子が原口元子を敵視している理由だ。

クラブ「バーデン・バーデン」の出店計画が破綻したため、ホステス山田波子が原口元子を怨む気持ちは分かる。

しかし、それよりも前から、ホステス山田波子は原口元子を敵視している感じがした。

そもそも、原口元子を敵視していなければ、クラブ「カルネ」の2階上にクラブ「バーデン・バーデン」を出店しようとは思わないはずだ。

ところが、小説「黒革の手帖」は、原口元子側からの描写しか無く、ホステス山田波子の心理描写が無いので、その辺の事情が分からない。

だから、原口元子がクラブ「カルネ」の2階上にクラブ「バーデン・バーデン」を出店しようとした点に違和感が残った。

しかたがないので、私は「女性のマウンティング」として解釈したが、ホステス山田波子の視点やエピソードがあったほうが良かった思った。

■黒革の手帖のモデル

松本清張の小説「黒革の手帖」は、昭和53年(1978年)11月に連載を開始した作品で、連載開始前に有名な「女性の犯罪」が2つ起きている。

1つ目は、昭和46年(1971年)に起きた「外務省機密漏洩事件(西山事件)」である。

「外務省機密漏洩事件(西山事件)」は、毎日新聞の記者・西山太吉が外務事務官・蓮見喜久子と肉体関係を結び、外務事務官・蓮見喜久子から外務省の機密文章(アメリカ軍の基地返還リスト)を入手した事件である。

山崎豊子が、この外務省機密漏洩事件(西山事件)をモデルにして、小説「運命の人」を書いている。小説「運命の人」は、TBSでドラマ化もされているので、知っている人も多いだろう。

2つ目は、昭和48年(1973年)に起きた「滋賀銀行9億円横領事件」である。

「滋賀銀行9億円横領事件」は、ベテラン銀行員・奥村彰子が、肉体関係を持った男性のために、総額9億円を横領して男性に貢いだ事件である。

この「滋賀銀行9億円横領事件」が原作小説「黒革の手帖」のモデルになっているのだと思われる。

さて、「外務省機密漏洩事件(西山事件)」と「滋賀銀行9億円横領事件」の2つの事件に共通しているのが、女性が肉体関係を持った男性に貢いだという点である。

しかし、小説「黒革の手帖」の主人公・原口元子は、男性の為ではなく、自分自身の為に横領したり、恐喝しておりしており、こうしたモデルとなった滋賀銀行9億円横領事件のアンチテーゼ的に描かれている。

ところが、結局、原口元子も女の性(さが)からは逃れられず、秘書・安島富夫と肉体関係をもったあたりから、崩壊への道を休み始めるという構図になっている。

スポンサードリンク

■黒革の手帖-結末のネタバレ

原口元子は、医科大予備校「医科進学ゼミナール」の理事長・橋田常雄から料亭「梅村」の土地を脅し取り、銀座の一流クラブ「ルダン」を購入しようとした。

しかし、総会屋・高橋勝雄に騙され、原口元子は全てを失ってしまう。そして、結末で原口元子から全てを奪った黒幕はホステスの波子だと明らかとなる。

ホステスの山田波子は、院長・楢林謙治に捨てられた後、総会屋・高橋勝雄をパドロン(金主)にしてクラブ「サンセボ」を手に入れていた。

さらに、山田波子は、原口元子が必死になって手に入れようとしていた一流クラブ「ルダン」を手に入れており、原口元子の弱小クラブ「カルネ」など大した価値は無いのだが、原口元子に復讐するため、原口元子にクラブ「カルネ」を奪ったのだ。

さて、原口元子は結末で、秘書・安島富夫の子供を妊娠していたが、山田波子と修羅場を演じた時に転倒して流産し、病院へ運ばれる。

その病院が、原口元子が5000万円を脅し取った院長・楢林謙治の病院だった。

院長・楢林謙治は、原口元子に5000万円を脅し取られた後、何者かに国税局に密告されて脱税で摘発されて信用を失い、病院の規模を縮小しており、散々な目に遭っていた。

病院に運ばれた原口元子は、手術台の上で院長・楢林謙治と看護婦長・中岡市子に気づき、「助けて。私は2人に殺される」と叫んだ。

この場面で、小説「黒革の手帖」は終わっており、手術台の原口元子がどうなったかは分からない。この結末はどういう意味で、どのように解釈すれば良いのだろうか?

■結末の意味と解釈

私は、手術台に載せられた原口元子が「助けて。私は2人に殺される」と叫んだシーンを読んで、ロボトミー手術を思い出した。

ロボトミー手術とは、精神病の外科的治療として開発された手術で、側頭部に穴を開け、長いメスを挿入して、脳の一部(前頭葉)を削ぎ落とすという手術である。

ロボトミー手術は、昭和10年(1935年)にポルトガルの神経科医アントニオ・エガス・モニス、精神病の画期的な治療法として発明したもので、世界的に流行したのだが、大勢の廃人を産んだ。

有名なところでは、ケネディー大統領の妹ローズマリー・ケネディーも、ロボトミー手術を受けさせられ、廃人となっている。

ロボトミー手術は、1950年代に精神病の治療薬が登場したことにより、廃れていくのだが、日本でも昭和50年(1975年)までロボトミー手術が行われ、大勢の廃人を産んで社会問題になった。

そして、昭和50年(1975年)には、ロボトミー手術をテーマにした映画「カッコーの巣の上で」が上映され、世界的な評価を受けた。

小説「黒革の手帖」は昭和53年(1978年)11月に連載を開始しており、社会派の松本清張がロボトミー手術という問題を取り上げても不思議では無い。

むしろ、医療界の闇にメスを入れている小説「黒革の手帖」がロボトミー手術問題を取り上げることは、当然とも思える。

だから、私は、小説「黒革の手帖」の結末は、原口元子が院長・楢林謙治にロボトミー手術をされるシーンだと解釈した。

■「黒革の手帖」の結末がバッドエンドな理由

原口元子は、畑違いの水商売などを始めず、東林銀行・千葉支店から7500万円を横領した時点で止めておけば良かったのだ。

私なら、7500万円が手に入れば、水商売なんて始めない。全額、預金する。

詳しくは調べていなが、小説「黒革の手帖」を連載している昭和50年代は、現在の低金利・マイナス金利とは違い、預金の金利が2~3%はあったはずだ。

だから、7500万円を金利3%の銀行に預けたとすると、利息だけで225万円の利息が付く。株などで運用すれば5%の利回りで運用できるのだろう。

当時は消費税も無いし、今よりも物価が安いので、豪遊しなければ、利息だけで十分に生活ができる。だから、わざわざ、水商売なんて始める必要は無いと思う。

それなのに、原口元子は水商売を始めたうえ、人を騙して恨みを買い、終いにはクラブ「カルネ」も全財産を失った。これでは元も子もない。

「元も子もない」というのは、「元本も利子も無い」「無理をして利子だけではなく、元本までも失う」という意味である。

ああ、だから、原口元子は銀行務めで、「元子」という名前なのか。だから、結末はバットエンドなのだと思った。

なお、原作小説「黒革の手帖」あらすじとネタバレは「黒革の手帖-原作のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

スポンサードリンク

コメントを投稿する

コメントは正常に投稿されていますが、反映に時間がかかります。