陸王の実話-マラソン足袋が廃れた理由のネタバレ

ドラマ「陸王」では、マラソン足袋が廃れた理由が紹介されていなかったので、ここでマラソン足袋が廃れた実話を紹介します。

■マラソン足袋が廃れた実話のネタバレ

明治時代、日本にランニングシューズなど無かったので、長距離は「軽い方が有利」ということで、みんな普通の足袋を履いてマラソンを走っていました。

そのようななか、日本のオリンピック初参加となるストックホルム・オリンピックに出場するため、マラソンの選考会が開かれました。

このとき、金栗四三が優勝したのですが、足袋では25マイル(約40km)という長距離に絶えきれず、ゴールした頃には足袋はボロボロになっており、裸足でゴールしました。

そこで、金栗四三は、足袋屋「播磨屋足袋店(ハリマヤ)」の足袋職人・黒坂辛作に足袋の改良を依頼し、足袋底を3重に補強した「マラソン足袋」が出来上りました。

しかし、ストックホルムは日本の土道路と違って石畳だったので、足袋底を3重に補強しただけの足袋では足への衝撃を吸収できず、足を痛めてしまいました。

そこで、金栗四三は、ストックホルム・オリンピックから帰国すると、再び足袋屋「播磨屋足袋店(ハリマヤ)」の足袋職人・黒坂辛作に足袋の改良を依頼します。

そして、試行錯誤の末、足袋の底にゴムを張付け、甲の部分をシューズの様に紐で縛る「カナグリ足袋」が誕生しました。

金栗四三がマラソン指導の第1人者ということもあり、「カナグリ足袋」は戦後も日本マラソン界のスタンダードとなりました。

しかし、不思議に思うのは外国人です。外国ではランニングシューズを履いて走っているのに、日本人だけ、つま先が割れた足袋で走っていたからです。

当然、外国人は「足袋」など知らないので、外国人の間で「日本人は足の指が2本」「日本人の足は、豚の足の様になっている」という疑惑が浮上します。

こうして、日本人ランナーは、外国人から好奇の目で見られるようになってしまったので、ラソン足袋を止めて、ランニングシューズを履くようになったのです。

なお、「陸王」のあらすじとネタバレは「陸王-原作のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

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