まんぷく-今井鈴(松坂慶子)の病気・死亡の実話とモデルのネタバレ

朝ドラ「まんぷく」に登場する武士の娘・今井鈴(松坂慶子)の病気と死亡や実話のネタバレです。

■まんぷく-今井鈴(松坂慶子)の病気と死亡のネタバレ

朝ドラ「まんぷく」の第22週で、立花萬平(長谷川博己)らが「まんぷくヌードル」に入れる具の研究している時期に、今井鈴(松坂慶子)が苦しみだしたため、池田総合病院に運ばれた。

当初は虫垂炎(盲腸)かと思われたが、診察した医師は、今井鈴(松坂慶子)の右下腹部に痛みが無いことから、内臓の位置が逆になっている「内臓逆位症」の可能性があるため、抗生物質を投与して様子を見ることにした。

その後、今井鈴(松坂慶子)が苦しみだしたので、虫垂炎ではなく、大腸憩室症で腸が破裂したとわかり、緊急手術が行われた。

幸い、今井鈴(松坂慶子)は手術が成功して、1週間後に退院したのだった。

■今井鈴(松坂慶子)の病気の実話とモデルのネタバレ

朝ドラ「まんぷく」に登場する今井鈴(松坂慶子)のモデルは、家系図的に言えば、安藤須磨である。

しかし、モデルの安藤須磨が「内臓逆位症」だったという話も聞かないし、安藤須磨はカップヌードルを発売する3年前の昭和43年(1968年)11月25日に89歳で死んでいる。

実話とドラマを比較するために、詳しく解説すると、実話の安藤百福は昭和41年(1966年)6月にアメリカを視察して、即席ラーメンを容器に入れて販売するカップラーメンの着想を得て、カップラーメンの開発に取りかかった。

この時に開発されたカップラーメンは、発泡スチールで出来たドンブリにチキンラーメンを入れただけのもので、昭和41年(1966年)12月に少量だけ試験販売したが、容器の問題が解決できないため、開発は中止された。

その後、安藤百福は、昭和44年(1969年)12月にカップラーメン(カップヌードル)の開発を再開した。朝ドラ「まんぷく」で描かれる容器の開発や具の開発は、このときのエピソードである。

しかし、実話の安藤須磨は、カップヌードルの開発が再開する1年前の昭和43年11月25日に死んでいるので、ドラマ「まんぷく」の今井鈴(松坂慶子)ように、カップヌードルに対して「行儀が悪い」などと反対していない。これが史実である。

そこで、今回は今井鈴(松坂慶子)の病気のモデルや、今井鈴(松坂慶子)の役割について考察したい。

■病気のモデルは安藤百福

今井鈴(松坂慶子)の腸が破裂したモデルは安藤百福だと思われる。

安藤百福は戦時中に軍事物資横流しの容疑で逮捕され、拷問を受けた。このとき、内臓にダメージを受けており、安藤百福は生涯で2度、開腹手術を受けている。

1度目は詳しく分からないのだが、安藤百福は昭和45年ごろに開腹手術を受けた。

2度目は昭和55年(1980年)で、安藤百福は、市場調査でスーパーマーケットを回っていたときに、腹痛に襲われて入院し、手術を受けた。

安藤百福は、前回の手術が下手だったので、手術後に腸の一部が飛び出たのだが、腹帯で押さえて我慢していたのが祟り、「腸捻転」になっていたのだという。

2度目の手術は成功し、安藤百福は、80kg近くあった体重は64kgに落ちて安定し、糖尿も無くなり、血圧も130前後にり、以降は健康を維持したという。

今井鈴(松坂慶子)の腸が破裂したエピソードのモデルは、安藤百福のエピソードで間違いないと思われる。

次に、今井鈴(松坂慶子)の「内臓逆位症」だが、「内臓逆位症」のエピソードは、ダイエーの創業者・中内功がモデルだと考えられる。

■内臓逆位症のモデルは中内功

今井鈴(松坂慶子)の「内臓逆位症」のモデルが、ダイエーの創業者・中内功だと考えられます。

ダイエーの中内功は「内臓逆位症」だっため、兵役検査で「兵適」という最低評価しかもらえなかった。そして、中内功が何にでも反対する性格だったのは、中内功が「内臓逆位症」だったからとも言われる。

したがって、今井鈴(松坂慶子)が何にでも反対する性格で、「内臓逆位症」という設定は、ダイエーの創業者・中内功がモデルと考えて良いでしょう。

中内功は「よりよい品をより安く」という中内イズムで、ダイエー帝国を築き、ダイエーの目玉商品がチキンラーメンと卵だった。

なお、まんぷくのネタバレは「まんぷく-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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