まんぷく-てんぷく(転覆)ラーメンの実話のネタバレ

安藤百福をモデルとするNHKの朝ドラ「まんぷく」に登場する「転覆ラーメン」の実話のネタバレです。

■転覆ラーメンの実話のネタバレ

NHKの朝ドラ「まんぷく」で、立花萬平(長谷川博己)が開発した「まんぷくラーメン」は、全く売れなかったため、今井鈴(松坂慶子)から「転覆ラーメン」と呼ばれてしまう。

なぜ転覆かというと、香田忠彦(要潤)が手がけた袋のデザインが波のようだったので、今井鈴(松坂慶子)は「まんぷくラーメン」を船に見立てて「転覆ラーメン」と揶揄したのである。

そこで、今回は「転覆ラーメン」の実話をネタバレしたい。

さて、実話の安藤百福は昭和33年(1958年)8月25日に「チキンラーメン」を発売したが、販売価格が35円(現在の400円から500円)と高かったため、全く売れなかった。本当に売れないので、資金が底を突き、経営破綻する寸前だった。

ちょうどこのころ、平民の正田美智子が明仁親王(平成の今神天皇)と婚約したことにより、昭和33年から昭和34年(1959年)にかけて、ミッチーブームが起きていた。

そして、昭和のシンデレラとなった正田美智子は、日清製粉の創業家という家系だったので、マスコミがこぞって日清製粉の事を取り上げていた。

そこで、安藤百福は、マスコミで大きく取り上げられている日清製粉に着目し、日清製粉に似てる名前にすることにして、昭和33年12月20に「日清食品」という社名にした。

情報化社会と言われる現代でも、日清食品と日清製粉を混同する人が多いので、インターネットの無い昭和33年当時なら、なおさらだろう。

安藤百福の作戦は見事に的中し、日清食品に社名を変えてことで、見向きもされなかったチキンラーメンが一躍、人気商品になったのである。

チキンラーメンを発売した翌年の昭和34年に、安藤百福は三菱商事と取引を開始するのだが、無名の日清食品が三菱商事と取引できたのもミッチーブームのおかげだったという話も残っている。

そして、ミッチーブームが無ければ、安藤百福の事業は行き詰まっており、現在のようにインスタントラーメンは普及せずに終わっていたと言われる。

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