なつぞら-菓子屋「雪月」の実在のモデルは「六花亭」

NHKの朝ドラ「なつぞら」に登場する菓子屋「雪月」の実在のモデルは「六花亭」です。

■菓子屋「雪月」のあらすじ

菓子屋「雪月」は、北海道帯広市にある菓子屋で、アイデアマンの小畑雪之助(安田顕)が次々と創作菓子を考え、北海道で有数のメーカーへと成長する。

■菓子屋「雪月」の実在のモデル

NHKの朝ドラ「なつぞら」に登場する菓子屋「雪月」の実在のモデルは、北海道帯広市の菓子メーカー「六花亭製菓」です。

この「六花(ろっか/りっか)」というのは雪の結晶の別称で、小畑雪之助(安田顕)の名前や「雪月」という屋号に「雪」が入っており、「雪」つながりになっている。

さらに、六花亭製菓の社長が小田豊四郎で、小畑雪之助(安田顕)と「小」の字が共通していることから、菓子屋「雪月」のモデルは帯広市の「六花亭製菓」で間違いないと思われる。

そこで、菓子メーカー「六花亭製菓」の歴史を紹介する。

まず、北海道札幌市に菓子屋「札幌千秋庵」があり、この「札幌千秋庵帯」の支店という形で、昭和8年に北海道帯広市で「帯広千秋庵」を出店した。この「帯広千秋庵」が後に「六花亭製菓」となる。

しかし、「帯広千秋庵」のオープンから4年後の昭和12年、「帯広千秋庵」の経営者が病気で店が続けられなくなったため、閉店することにした。

そこで、閉店するなら、本店の「札幌千秋庵」で修行している小田豊四郎に任せてみようということになり、小田豊四郎が支店の「帯広千秋庵」の経営を引き継いだ。

この小田豊四郎が、朝ドラ「なつぞら」の小畑雪之助(安田顕)に相当する。

この「帯広千秋庵」は戦時中の建物疎開で閉店したが、小田豊四郎が復員して昭和21年に再開。戦後は砂糖が手に入らないので、砂糖を使わずに作れるアイスクリームやカボチャ饅頭を作って販売していた。

その後、「帯広千秋庵」の小田豊四郎は、帯広を開拓した依田勉三が読んだ句「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」から、「ひとつ鍋」という菓子を創作し、以降は背景にストリーを持たせた菓子を創作していった。

そして、昭和42年(1967年)にアメリカ・ヨーロッパを視察したとき、日本でもチョコレートが流行すると考え、チョコレートの生産を開始した。

このとき、日本で初めてホワイトチョコレートを製造したのが「帯広千秋庵」の小田豊四郎で、当初は全く売れなかったが、若者の間で北海道旅行が流行してくると、ホワイトチョコレートが売れるようになった。

すると、類似品のホワイトチョコレートが販売されるようになり、類似品の苦情が「札幌千秋庵」に寄せられるようになり、本店の「札幌千秋庵」にまで苦情が行くようになった。

そこで、「札幌千秋庵」の小田豊四郎がホワイトチョコレートを北海道全域で販売しようとしたのだが、営業エリアの問題で本店の「札幌千秋庵」と対立した。

そこで、「札幌千秋庵」の小田豊四郎は、「札幌千秋庵」の名前を返上し、名前を「六花亭製菓」へ変更した。こうして誕生したのが、「六花亭」である。

そして、名前を「六花亭製菓」へ変更したのを記念して、「マルセイバターケーキ」を創作し、この「マルセイバターケーキ」が「六花亭製菓」を代表する菓子となった。

なお、NHKの朝ドラ「なつぞら」のモデルやネタバレは「なつぞら-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

スポンサードリンク

コメントを投稿する