まんぷく-最終回と結末のモデルは安藤百福の麺ロード調査団の実話

NHKの朝ドラ「まんぷく」の最終回と結末のモデルや実話を紹介します。

■まんぷく-最終回の実話のネタバレ

NHKの朝ドラ「まんぷく」の最終回は、大阪の歩行者天国での実演販売が成功し、新聞やテレビで取り上げられ、「まんぷくヌードル」が全国発売が決まる。

すると、立花萬平(長谷川博己)は会社を小野塚真一(大谷亮平)に任せ、立花福子(安藤サクラ)と共に世界中の麺を食べ歩く旅に出た。

これがNHKの朝ドラ「まんぷく」なのだが、実話はどうだったというと、大阪の歩行者天国の実話は、東京・銀座の歩行者天国だった。

そもそも、「まんぷくヌードル」のモデルとなったカップヌードルは、大阪での販売を考えておらず、東京で販売を開始したのだ。

そして、実話の歩行者天国での販売会は成功したのだが、問屋からの注文は来なかったlため、問屋経由の販売を諦めて自動販売機でカップヌードルを売ることにした。

すると、自動販売機のカップヌードルが売れていたので、それを知った問屋が日清食品に注文をするようになり、ようやくカップヌードルが小売店の店頭に並ぶようになった。

そして、カップヌードルの翌年の昭和47年(1972年)2月に長野県軽井沢で「あさま山荘事件」事件が勃発した。

このとき、警視庁が日清食品のカップヌードルを持って行ったので、「あさま山荘事件」の警備をしていた機動隊がカップヌードを食べている様子がテレビで報じられ、一気に話題となって全国区になり、日清食品に注文が殺到するようになった。

ちなみに、「あさま山荘事件」に加わっていた神奈川県警が警視庁にカップヌードルを売って欲しいと頼んだが、警視庁が拒否した。これが、警視庁と神奈川県警が犬猿の仲になった原因だと言われている。

私は朝ドラ「まんぷく」で加地谷圭介(片岡愛之助)が山荘に立てこもって「あさま山荘事件」を引き起こすのだろと予想して、「あさま山荘事件」を楽しみにしていたのだが、朝ドラ「まんぷく」では「あさま山荘事件」は完全カットされて残念である。

さて、朝ドラ「まんぷく」の結末で、立花萬平(長谷川博己)立花福子(安藤サクラ)と共に世界中の麺を食べ歩く旅に出るのだが、実話となったモデルがある。

この旅のモデルは、安藤百福の「麺ロード調査団」という実話なのだが、実際は昭和62年のエピソードである。

日清食品の安藤百福は、カップヌードルの発売から16年後の昭和60年(1985年)に社長を譲り、次男・安藤宏基が日清食品の3代目社長に就任した。

安藤百福は以前から日本全国を巡って郷土料理を食べており、4年かをかけて日本を1周すると、社長を譲って会社が安定すると、昭和62年(1987年)に「麺ロード調査団」を結成し、中国大陸へと渡って36日間にわたり麺の起源を調査した。

この「麺ロード調査団」が、朝ドラ「まんぷく」の最終回の結末のモデルである。

このとき、既にインスタントラーメンは中国でも普及しており、安藤百福は中国各地でチキンラーメンの偽物を美味そうに食べる中国人を目撃するが、怒った様子も無く、麺の歴史調査を続けたという。

なお、次に始まる朝ドラ「なつぞら」のモデルやネタバレは「なつぞら-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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