朝ドラ「エール」のモデルとあらすじとネタバレ

窪田正孝が主演するNHKの朝ドラ「エール」のモデルとあらすじとネタバレです。

■目次

  1. 朝ドラ「エール」のあらすじとネタバレ
  2. 朝ドラ「エール」の登場人物のキャストとモデル
  3. 朝ドラ「エール」の原作ネタバレ

朝ドラ「エール」のモデルとネタバレ

■朝ドラ「エール」-あらすじとネタバレ

  1. エール-第1週「東京オリンピック」のあらすじとネタバレ
  2. エール-第2週「かぐや姫」のあらすじとネタバレ
  3. エール-第3週「養子」のあらすじとネタバレ
  4. エール-第4週「竹取物語」のあらすじとネタバレ
  5. エール-第5週「プロポーズ」のあらすじとネタバレ
  6. エール-第6週「留学中止」のあらすじとネタバレ
  7. エール-第7週「専属契約」のあらすじとネタバレ
  8. エール-第8週「紺碧の空」のあらすじとネタバレ
  9. エール-第9週「福島行進曲」のあらすじとネタバレ
  10. エール-第10週「船頭可愛や」のあらすじとネタバレ
  11. エール-第11週「遺産争い」のあらすじとネタバレ
  12. エール-第12週「幽霊」のあらすじとネタバレ
  13. エール-第13週「親の七光り」のあらすじとネタバレ
  14. エール-第14週「弟子」のあらすじとネタバレ

■登場人物のキャストとモデル

●関内家のモデル

  1. 関内音(二階堂ふみ)・・・声楽を目指す少女
  2. 関内安隆(光石研)・・・関内音の父
  3. 関内光子(薬師丸ひろ子)・・・関内音の母
  4. 関内吟(松井玲奈)・・・関内音の姉
  5. 関内梅(森七菜)・・・関内音の妹

●古山家のモデル

  1. 古山裕一(窪田正孝)・・・作曲家を目指す青年
  2. 古山三郎(唐沢寿明)・・・古山裕一の父
  3. 古山まさ(菊池桃子)・・・古山裕一の母
  4. 古山浩二(佐久本宝)・・・古山裕一の弟
  5. 権藤茂兵衛(風間杜夫)・・・古山裕一の叔父

●福島編-登場人物のモデル

  1. 佐藤久志(山崎育三郎)・・・古山裕一の幼なじみ
  2. 村野鉄男(中村蒼)・・・古山裕一の幼なじみ
  3. 藤堂清晴(森山直太朗)・・・小学校の教師

●豊橋編-登場人物のモデル

  1. 御手洗清太郎(古川雄大)・・・ドイツ留学経験のある歌の先生
  2. 打越金助(平田満)・・・軍に納品する商売人
  3. 双浦環(柴咲コウ)・・・世界的なオペラ歌手

●川俣銀行編-登場人物のモデル

  1. 落合吾郎(相島一之)・・・川俣銀行の支店長
  2. 鈴木廉平(松尾諭)・・・川俣銀行の行員
  3. 松坂寛太(望月歩)・・・川俣銀行の行員
  4. 菊池昌子(堀内敬子)・・・川俣銀行の事務員
  5. 志津(堀田真由)・・・ダンスホールの踊り子

●東京編-登場人物のモデル

  1. 廿日市誉(古田新太)・・・ディレクター
  2. 田中隆(三浦貴大)・・・早稲田大学応援部の団長
  3. 木枯正人(野田洋次郎)・・・ギターが得意な作曲家
  4. 山藤太郎(柿澤勇人)・・・歌手
  5. 藤丸(井上希美)・・・下駄屋の娘
  6. 夏目千鶴子(小南満佑子)・・・音のライバル
  7. 小山田耕三(志村けん)・・・裕一が尊敬する作曲家

●会社・お店のモデル

  1. 川俣銀行・・・古山裕一(窪田正孝)の就職先
  2. コロンブスレコード・・・レコード会社

■朝ドラ「エール」の原作ネタバレ

  1. 関内音(二階堂ふみ)の結婚相手と実話のネタバレ
  2. 古山裕一(窪田正孝)と昭和天皇の関係
  3. 双浦環(柴咲コウ)のモデルは野口英世の不倫相手
  4. 双浦環(柴咲コウ)のモデルの遺産争い

■エール-全体のあらすじとネタバレ

古山裕一(窪田正孝)は明治42年に福島の呉服屋の長男として生まれ、呉服屋の跡取り息子として大事に育てられたが、ぼんやりとして何の取り柄の無い平凡な子供だった。

しかし、古山裕一(窪田正孝)は音楽と出会ったことで、音楽の素晴らしさに惹かれ、独学で作曲を学び、家族に内緒で海外のコンクールに応募しすると、古山裕一(窪田正孝)の曲が上位入賞を果たした。

これを切っ掛けに、古山裕一(窪田正孝)は歌手を目指している女性と出会い、その女性と結婚し、2人で苦難を乗り越えて、数々のヒット曲を生み出していった。

やがて、戦争へと突入すると、古山裕一(窪田正孝)は軍の要請で戦時歌謡を作曲するが、自分が作った歌で若者が戦死していくことに心を痛め、戦後は歌の力で傷ついた国民を癒やそうと考え、新しい時代へと向けた歌を作曲するのだった。

■エールのモデルは作曲家・古関裕而

古関裕而は福島県福島市大町の呉服店「喜多三(きたさん)」に生まれ、父親が音楽好きだったことから、子供の頃から音楽が好き、音楽の授業だけでは物足りず、独学で作曲の勉強を始めた。

古関裕而は実家の呉服やを継ぐために、旧制福島商業学校へと進学するが、実家の呉服屋が倒産してしまう。

卒業後は川俣銀行に就職する一方で、福島ハーモニカーソサエティーに入り、作詞・作曲などを手がけるとともに、作曲家・金須嘉之進に師事した。

やがて、古関裕而は「竹取物語」を作曲して海外のコンクールに送ると、「竹取物語」が入選。この入選が切っ掛けで、内山金子と知り合い、内山金子と結婚した。

そして、古関裕而は、山田耕筰の推薦でコロムビアの作曲家となり、菅原明朗に師事しながら、数々の曲を世に送り出した。

戦時中は戦時歌謡を手がけたが、自らの作品で戦死していった人たちへの自責の念を持ったことから、戦後は暗い日本を明るくするために数々の曲を作り、1964年開催の東京オリンピックの「オリンピック・マーチ」も手がけた。

古関裕而は数々の功績が認められ、福島県福島市で初の名誉市民に認められ「福島市古関裕而記念館」も建設されたが、入院生活を送っていたため、「福島市古関裕而記念館」へ行くことは出来ず、平成元年(1989年)11月12日に脳梗塞で死去した。80歳だった。

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