なつぞら-東洋動画のモデルのネタバレ

NHKの朝ドラ「なつぞら」に登場する「東洋動画」のモデルをネタバレします。

■東洋動画のあらすじ

奥原なつ(広瀬すず)は新東京動画社のスタジオを見学して、アニメーターになりたいという夢を持つ。

その後、新東京動画社が、チャンバラ映画などの「東洋映画」に買収され、「東洋動画」が誕生する。

奥原なつ(広瀬すず)は「東洋動画」のアニメーター採用試験を受けたが、不合格だった。

しかし、仲努(井浦新)の提案で「仕上げ」の採用試験を受けると、今度は見事に合格し、「東洋動画」に就職出来たのだった。

■東洋動画のモデルは東映動画

朝ドラ「なつぞら」に登場する「東洋動画」のモデルは「東映動画」なので、「東映動画」の成り立ちから、簡単に紹介します。

戦後、政岡憲三と山本善次郎(山本早苗)などのアニメーターが集まって「新日本動画社」を設立したが、政岡憲三らが独立して「日本動画」を設立した。

その後、「日本動画」が倒産した「東宝教育映画(東宝図解映画)」を買収して「日動映画」が誕生した。

さらに、東映の初代社長・大川博が「東洋のディズニー」を目指して、「日動映画」を買収し、昭和31年に「東映動画」を設立した。

朝ドラ「なつぞら」の奥原なつ(広瀬すず)のモデルとなった奥山玲子は昭和32年に「東映動画」に入社しています。

そして、「東映動画」は、昭和33年に日本初の長編カラーアニメーション「白蛇伝」を制作したほか、「少年猿飛佐助」「安寿と厨子王丸」など数々のアニメ映画を制作して、近代日本アニメーションの基礎を気付き、数多くのアニメーターに影響を与えた。

しかし、「東映動画」は労働組合が協力なりすぎたため、社員は働かなくても給料がもらえるので、あまり仕事をしなくなり、制作費が膨らんで大赤字になった。大ヒットを記録した「長靴をはいた猫」ですら、赤字だったようだ。

宮崎駿や高畑勲は、労働組合の中心で活躍していたが、こうした時代に失望して「東映動画」が去っていく。

東映の初代社長・大川博が死去したのを切っ掛けに、会社は大規模なリストラを開始し、社員を閉め出してロックアウトを断行して労使紛争に発展した。

「東映動画」では良い作品がつくれないようになっており、奥原なつ(広瀬すず)のモデルとなった奥山玲子も辞めたかったのだが、夫の小田部羊一が先に辞めたので、辞めるに辞められない状況になっていた。

その後、労使紛争が解決して、解雇されていた社員が帰ってきたので、奥山玲子は今、辞めなければ辞められなくなると思い、「東映動画」を辞めた。

その後も「東映動画」は数々のアニメを手がけ、平成10年(1998年)に「東映アニメーション」と社号を変更している。

なお、朝ドラ「なつぞら」のモデルやネタバレは「なつぞら-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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