なつぞら-井戸原昇(小手伸也)のモデルは大工原章

NHKの朝ドラ「なつぞら」に登場する井戸原昇(小手伸也)のモデルのネタバレです。

■井戸原昇(小手伸也)のあらすじ

朝ドラ「なつぞら」に登場する井戸原昇(小手伸也)は、東洋動画のアニメーターで、仲努(井浦新)と共に東洋動画のツートップを務める。

映画「白蛇娘」では仲努(井浦新)と共に、大勢のアニメーターを指導しながら、原画を務め、後に作画監督へと出世する。

■仲努(井浦新)のモデルのネタバレ

仲努(井浦新)のモデルは、東映動画のアニメーター大工原章です。

大工原章は大正6年(1917年)に長野県・佐久町で生まれた。旧制中学校を卒業後、ペンキ屋に就職したが、絵の仕事をするため、ペンキ屋を辞めて上京したが徴兵される。

その後、大工原章は漫画映画(アニメーション)が何なのか全く分からない状態だったが、生活費を稼ぐために「鈴木宏畠漫画映画製作所」に入り、漫画映画(アニメーション)に関わるようになる。

戦後は「新日本動画社(日本漫画映画社)」の設立に参加したが、日本漫画映画社が倒産してしまう。

その後、日本動画(日動映画)に入り、この日動映画が東映に吸収され、「東洋のディズニー」を目指す東映動画が誕生した。

そして、大工原章は日本初の長編カラーアニメーション「白蛇伝」で原画を担当した。
このとき、スタッフのほとんどは素人で、原画を担当できるのは大工原章と森康二の2人だけだった。

そして、大工原章と森康二は、大勢の素人を教育しながら、原画を描き、前代未聞とも言える長編カラーアニメーション「白蛇伝」を完成させ、その後も数々の長編アニメを手がけた。

その後、TVアニメ「鉄腕アトム」によるTVアニメ時代の到来や、労使紛争などの影響で、多くのアニメーターが東映動画を去って行くなか、大工原章は東映動画に残って長編アニメを作り続けた。

その後、大工原章は東映動画のアニメーター育成にあたり、翌年、「スタジオ・カーペンター」を設立して代表に就任し、若手の育成と作品作りに励んだ。

そして、昭和57年(1982年)に東映動画と「スタジオ・カーペンター」を定年退職してフリーになった。平成20年(2008年)に介護施設に入所していたが、2012年6月12日に死去した。死因は肺炎と老衰だった。

なお、朝ドラ「なつぞら」のあらすじとネタバレは「なつぞら-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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