スカーレット-ジョージ富士川(西川貴教)のモデルは岡本太郎

NHKの朝ドラ「スカーレット」に登場するジョージ富士川(西川貴教)のモデルをネタバレします。

■スカーレット-ジョージ富士川(西川貴教)のあらすじ

ジョージ富士川(西川貴教)は、フランスの美術学校に留学したことのある芸術家で、「自由は不自由やで!」を口癖としていた。

川原喜美子(戸田恵梨香)は、大阪で開催されていたジョージ富士川(西川貴教)のサイン会に行き、出会うことになるが、大阪での出会いは一瞬だった。

ジョージ富士川(西川貴教)は再び信楽で川原喜美子(戸田恵梨香)と出会い、信楽に新たな風を呼び込むことになる。

前半で登場するのはサイン会だけなので、後半から活躍するようだ。

■ジョージ富士川(西川貴教)のモデル

ジョージ富士川(西川貴教)のモデルは、「芸術は爆発だ」で有名な芸術家・岡本太郎です。

岡本太郎は明治44年(1911年)2月26日に神奈川県川崎市で生まれた。父親は漫画家・岡本一平で、母親は歌人・岡本かの子である。

母・岡本かの子は、育児放棄をしており、子供の面倒を見ずに作家活動に取り組んだうえ、夫婦関係が崩壊していたことから、愛人を自宅に住まわせるという世間離れした家庭だった。

岡本太郎は、スジの通らないことには納得できない子供で、スジの通らないことを言う担任に納得ができずに登校拒否になり、1年間で小学校を4度も転校した。

その後、岡本太郎は慶應義塾普通部を卒業して東京美術学校(東京芸術大学)へと進学するが、父・岡本一平がロンドン海軍軍縮会議を取材するため、渡欧することになった。

このため、岡本太郎は東京美術学校を休学して、家族や母の愛人とともにフランスへと渡った。岡本太郎が18歳のことである。

岡本太郎は両親と別れてパリに残り、パリの文化を吸収するため、12~13歳が入る私立寄宿舎に入り、フランス語などを学んだり、パリ大学で哲学などを学んだりした。

やがて、岡本太郎はピカソの抽象画「水差しと果物鉢」を見て衝撃を受け、抽象画を描き始めるが、ピカソを超えるために、抽象画を離れていき、代表作「傷ましき腕」を描き上げた。

その後、岡本太郎は、芸術とはなにかという問題に苦悩し、哲学や民俗学を学んでいき、パリ時代に「岡本太郎」が完成するのだった。

やがて、フランスがドイツの侵攻を受けたため、10年間住んだパリを離れ、新進気鋭の芸術家として帰国したが、31歳で徴兵されて、中国奥地の自動車隊に配属され、4年間の軍隊生活を送った。

やがて、日本は敗戦を迎え、1年間の捕虜生活を経て昭和21年6月に帰国。昭和22年に東京都世田谷区のアトリエを購入すると、猛烈に絵を描き始めた。

当時の絵は灰色ばかりだったので、岡本太郎は、このような現状に反発して原色を使った絵を描くが、原色は下品な色だったことから、日本美術界から批判された。

そこで、岡本太郎は古い体質の日本美術界を破壊するため、花田清輝と「夜の会」を組織して、前衛芸術運動を開始した。

やがて、岡本太郎は40歳の時に、東京国立博物館で縄文土器を見て激しい衝撃を受け、焼き物を使って立体的な作品作りを始め、公の場に展示する公共的な作品を数多く手がけるようになった。

そして、昭和45年に大阪で開催された万国博覧会で、太陽の塔を制作するのだった。

■朝ドラ「スカーレット」と岡本太郎の解説

岡本太郎と信楽焼の関係は、昭和39年(1964年)の東京・銀座松坂屋の外壁工事に始まる。

この外壁工事は東京オリンピックに向けたもので、この外壁工事に名乗りを上げたのが、朝ドラ「スカーレット」のモデル神山清子が務めていた信楽焼の近江化学陶器だった。

近江化学陶器は火鉢を主力商品としていたが、電化製品の普及により火鉢の需要が激減したため、建築用のタイルの研究を進め、ようやく東京進出を果たし、東京での足場を固めようという時期だった。

しかし、このとき、岡本太郎が銀座松坂屋のアドバイザーを務めており、岡本太郎が日本陶管の顧問をしていたことから、無名だった近江化学陶器には荷が重いと言い、日本陶管への変更を主張した。

驚いた近江化学陶器は、岡本太郎の手がけたモザイクタイルの壁画が塗り物である事を指摘し、信楽焼なら岡本太郎の求める「赤」が出せると主張した。

岡本太郎は、これまでは伊那製陶や日本陶管のタイルで壁画を作っていたが、色に不満を思っており、近江化学陶器の営業マンに核心を指摘されてしまったのである。

こうして、岡本太郎は、信楽焼と出会い、求めていた「赤」を手に入れ、以降は信楽焼で、国立代々木競技場の壁画、「坐ることを拒否する椅子」、太陽の塔の背後に取り付けた「黒い太陽」などを近江化学陶器で制作した。

以降も岡本太郎の陶器製作品の大半は、近江化学陶器・大塚オーミ陶業・陶光菴で作られた。

こうして、岡本太郎は信楽焼に新しい風を吹き込み、信楽町の名誉町民に選ばれている。

さて、朝ドラ「スカーレット」のモデル神山清子と岡本太郎の関係だが、神山清子は昭和38年には近江化学陶器を辞めて陶芸家として独立しているので、岡本太郎との関係は無いはずである。

■ジョージ富士川(西川貴教)が金髪の理由

朝ドラ「スカーレット」に登場する荒木さだ(羽野晶紀)のモデルが、下着デザイナの鴨居羊子です。詳しくは「スカーレット-荒木さだ(羽野晶紀)のモデルは鴨居羊子」をご覧ください。

さて、なぜ鴨居羊子を紹介したかというと、鴨居羊子のトレードマークが金髪だったのです。昭和30年代に日本人が金髪に染めるというのは、極めて珍しいことでした。

この鴨居羊子と岡本太郎は交流があったので、ジョージ富士川(西川貴教)の金髪や大阪弁は、鴨居羊子の要素だと考えられます(朝ドラで、よく使用される手法です)。

なお、朝ドラ「スカーレット」の各モデルのネタバレは「スカーレット-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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