エール-佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは伊藤久男

NHKの朝ドラ「エール」に登場する佐藤久志(山崎育三郎)のモデルをネタバレします。

■エール-佐藤久志のモデルのネタバレ

NHKの朝ドラ「エール」の佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは、福島県出身の歌手・伊藤久男です。

伊藤久男は、明治43年(1910年)7月に福島県本宮市で、伊藤彌の4男として生まれた。裕福な家庭で、小学校からピアノを習い、既に才能を発揮していた。

伊藤久男はピアニストを志していたが、家族の反対に遭い、家業を継ぐため、東京農大へ進学した。

しかし、ピアニストの夢を叶えるため、東京農大を退学して帝国音楽学校に入学。帝国音楽学校の近くに、福島県出身の作曲家・古関裕而が住んでおり、よく遊びに行っていた。

ところが、帝国音楽学校に入学したことが兄に知られてしまい、学費を止められてしまう。

そこで、伊藤久男は、古関裕而の勧めでレコード歌手の仕事を始め、マイナーレーベルからデビューし、さらにメジャーレーベルの「コロムビア」からもデビューを果たした。

大したヒット曲も無く苦労するが、昭和15年に、伊藤久男の戦時歌謡「暁に祈る」が大ヒットして一躍、全国にその名が知れ渡った。

この「暁に祈る」は、作詞・野村俊夫、作曲・古関裕而、歌・伊藤久男で、3人が福島県の出身だったことから、3人は「福島トリオ」とか「福島三羽カラス」と呼ばれた。

しかし、戦後は軍事歌謡を歌っていた責任感から酒に溺れ、再起不能とまで言われていたが、昭和22年に「夜更けの街」で歌手に復帰し、昭和24年には全国高校野球大会の大会歌となる「栄冠は君に輝く」を発売した。

さらに、昭和24年に戦後の代表曲となる「イヨマンテの夜」が大ヒットして、第2回NHK紅白歌合戦にも出場し、以降は紅白歌合戦の常連となる。

晩年は糖尿病に悩まされながらもステージに立ち、昭和53年に紫綬褒章を受賞し、昭和57年には第24回日本レコード大賞特別賞を受賞したが、翌年の昭和58年に肺水腫で死去した。享年72だった。

モデルの伊藤久男が歌手なので、朝ドラ「エール」の佐藤久志(山崎育三郎)も歌手となり、古山裕一(窪田正孝)や村野鉄男(中村蒼)と共に数多くの名曲を世に送る出すことになるだろう。

なお、朝ドラ「エール」のあらすじとネタバレは「エール-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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