朝ドラ「エール」-双浦環(柴咲コウ)のモデルの遺産争い

NHKの朝ドラ「エール」に登場する双浦環(柴咲コウ)のモデル三浦環の遺産争いの実話を紹介します。

■エール-双浦環(柴咲コウ)のモデルの遺産争い

双浦環(柴咲コウ)のモデルは、世界的に活躍したプロマドンナ三浦環です。三浦環の生涯については「エール-双浦環(柴咲コウ)のモデルは三浦環」をご覧ください。

さて、三浦環は、欧米を股にかけて世界で活躍していたプリマドンナで、相当な財産を築き、昭和21年に三浦環が死んだ時の遺産が100万円だったと言われています。

戦後は物価の変動が激しいので、現在の価値に換算する事が難しいのですが、昭和21年の100万円は令和時代の価値で数千万円になります。

では、三浦環の遺産を巡り、誰と誰が争ったのか。

三浦環は2度、結婚しているのですが、いずれも子供は生まれていません。

そこで、三浦環は親族から養子を貰おうとしたのですが、断られてしまいます。

三浦環は不倫の噂が多く、不倫相手と海外を巡業して、父親や夫の死に目にも帰国しなかったので、親族から養子を断られたようです。

(詳しくはエール-双浦環(ふたうら・まき)のモデルは野口英世の不倫相手をご覧ください)

そこで、三浦環はマネージャーの井上元佶を養子にして、井上元佶に遺産を相続させるという遺言書を残して死にました(この井上元佶も愛人だったという説があります)。

しかし、三浦環は異母兄弟にも同じような遺言状を書いており、死後、井上元佶と異母兄弟が相続権を主張して、遺産を争いました。

この遺産争いは、井上元佶が「自分の方が日付が新しいので、遺言書として有効」と主張しており、異母兄弟が提訴を取りやめたので、終結しました。

こうして井上元佶が三浦環の遺産を相続したのですが、井上元佶は相続した遺産は財産税にもかからない程度だったと言い、郵便貯金は26円しかなかったと言い、遺産100万円説を否定してします。

(注釈、戦後の昭和21年に10万円以上の財産に対して、財産税がかけられました。)

このほかにも、朝ドラ「エール」に関する実話やネタバレを紹介しているので、「エール-モデルとあらすじとネタバレ」もご覧ください。

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