朝ドラ「エール」-藤丸(ふじまる)のモデルは歌手の音丸

NHKの朝ドラ「エール」に登場する藤丸(井上希美)の実在のモデルとネタバレです。

■エール-藤丸(井上希美)のモデルのネタバレ

藤丸(井上希美)は、下駄屋の娘だったが、芸者として歌手デビューを果たし、古山裕一(窪田正孝)が作曲した「船頭可愛や」を歌います。

藤丸(井上希美)は佐藤久志(山崎育三郎)に惚れているので、恋愛関係に発展する可能性もあります。

さて、藤丸(井上希美)のモデルは、アイドル歌手として活躍した音丸です。写真の左がエールの藤丸で、右がモデルの音丸です。
エールの藤丸

音丸は、本名を永井満津子と言い、明治39年12月に東京都港区箪笥町で、下駄屋の娘として生まれました。

音丸は、小さい頃から、浄瑠璃・舞踊・小唄などを学び、その美声が買われ、リーガルレコードから本名の永井満津子で「草津湯もみ唄」をレコードに吹き込み、歌手としてデビューを果たしました。

このころ、小唄勝太郎・赤坂小梅などの芸者が歌手として活躍しており、テイチクの古賀政男は芸者を捜していました。

そして、音丸のレーコードが古賀政男の目にとまり、音丸はテイチクでもレコードに吹き込みました。

さらに、音丸は昭和9年に日本コロムビアに移籍し、当初は本名でレコードを吹き込んでいたのですが、芸者ブームに便乗して、芸者っぽい芸名を付けることにして、「レコードは丸くて音を出す」ということから「音丸」という芸名を付け、「君は満洲」から芸名でレコードを吹き込むようになります。

そして、昭和10年に古関裕而が作曲した「船頭可愛や」を歌って大ヒットさせ、昭和11年に「下田夜曲」「博多夜船」を大ヒットさせ、主婦から一気にアイドルへと駆け上った。

ちなみに、古関裕而の「船頭可愛や」は民謡最高の傑作とも言われており、双浦環(柴咲コウ)のモデルとなった三浦環も「船頭可愛や」を歌っています。

さて、アイドルとして活躍する音丸は、多忙を極まるようになり、夫と離婚し、その後、弁士の井口静波と結婚し、全国を巡業しました。

戦後、無名だった少女・美空ひばりを前座に起用して巡業を行った。高知県へ巡業したさい、交通事故にあい、美空ひばりが瀕死の状態となった。

その後、音丸はキングレコードに移籍したが、ヒット曲が出ず、再び日本コロムビアに復帰し、昭和40年代の懐メロブームに乗って再び脚光を浴びた。

しかし、昭和40年後半から体調が悪化し、昭和51年(1976年)1月に急性心不全で死去しました。

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