朝ドラ「エール」で起きた心霊現象と幽霊のネタバレ

古関裕而をモデルとするNHKの朝ドラ「エール」で起きた心霊現象のネタバレです。

■エールに現われた幽霊-心霊現象のネタバレ

朝ドラ「エール」の第12週で、死んだはずの関内安隆(光石研)が幽霊になって現世に現われます。

なんと、関内安隆(光石研)は、あの世で年に2回、行われている宝くじで1等に当選し、1泊2日で現世に戻ってくる許可が得られたのです。

こうして、関内安隆は幽霊になって家族の元を1人1人尋ねていき、1日2泊の現世旅行を楽しみ、あの世へと帰っていきました。

■エール-心霊現象のモデル

関内安隆(光石研)のモデル内山安蔵が、死後の世界で宝くじの1等に当選し、現世に1泊2日で旅行に来たという話しは聞いたことがありません。

そもそも、日本には「お盆」という風習があり、宝くじに当たらなくても、この世に帰ってこられるのです。

それに、朝ドラ「エール」の第12週の時代は昭和5年前後なのですが、昭和5年に「宝くじ」は存在しないのです。

宝くじ(富くじ)は江戸時代に禁止されて以降、長らく日本では宝くじは販売されておらず、明治時代・大正時代・昭和の戦前は、宝くじは販売されていませんでした。

宝くじが解禁されたのは、終戦間際の昭和20年(1945年)7月です。

これは戦費調達のために「勝札」という名前で、宝くじが解禁されたのですが、昭和20年8月の当選発表を待たずして、日本は敗戦を迎えたので、「負札」と揶揄されました。

そして、「勝札」が、戦後の20年10月に、第1回「宝くじ」として継承されて販売され、現在にも続いています。

したがって、朝ドラ「エール」の第12週(昭和5年)の時点では、「宝くじ」は販売されていないのです。

では、脚本家は、なぜ、朝ドラ「エール」で、死んだ関内安隆が霊界の宝くじに当選して、幽霊となって現世に現われるというエピソードを描いたのか。

実は、古山裕一(窪田正孝)のモデルとなる古関裕而は、昭和21年に「宝くじの歌」を作曲しているのです。

先ほど、第1回の宝くじは、戦後の20年10月に発売されたと紹介しました。

そして、第2回の宝くじの抽選会が昭和21年1月に行われ、このときに古関裕而が作曲した「宝くじの歌」がCMソングとして披露されたのです。

つまり、関内安隆(光石研)が霊界の宝くじに当選して現世に戻ってくるエピソードのモデルは、古関裕而が作曲した「宝くじの歌」なのです。

ちなみに、「宝くじの歌」の歌詞を手がけたのは、作詞家の藤浦洸です。

藤浦洸は、淡谷のり子のヒット曲「別れのブルース」、笠置シヅ子の「アイレ可愛や」、美空ひばりのデビュー曲「河童ブギウギ」などを作詞した作詞家です。

また、古関裕而は藤浦洸と一緒に、中日ドラゴンズの歌「私のドラゴンズ」、早稲田大学と慶應義塾の共通応援歌「早慶讃歌-花の早慶戦」などを手がけています。

蛇足なのですが、もう1つ。朝ドラ「エール」で双浦環を演じている柴咲コウが、映画「黄泉がえり」に出演していました。

映画「黄泉がえり」は、死んだ人が黄泉の世界から蘇るというストーリーだったので、朝ドラ「エール」の心霊現象は映画「黄泉がえり」へのオマージュという意味も含まれているような気もします。

なお、朝ドラ「エール」の原作のネタバレは「エール-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

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