エール-音(二階堂ふみ)の妊娠と子供・古山華(はな)のモデル

NHKの朝ドラ「エール」の古山音(二階堂ふみ)が出産した娘・古山華(はな)のモデルのネタバレです。

朝ドラ「エール」のモデルやネタバレは、「エール-あらすじとネタバレ」をご覧ください。

■エール-娘・古山華のモデルのネタバレ

「椿姫」のオーディションに参加した古山音(二階堂ふみ)は、1次審査、2次審査を通過し、最終選考会で夏目千鶴子(小南満佑子)を破り、念願の主役を勝ち取りました。

一方、売れていなかった古山裕一(窪田正孝)の曲「船頭可愛や」も、双浦環(柴咲コウ)がレコードに吹き込んでくれたおかで、売れ始めました。

そのようななか、古山音(二階堂ふみ)の妊娠が判明します。

子育てをしながら学校に通うことは不可能なので、古山音は退学を覚悟したのですが、「椿姫」だけは絶対に出演することにしたのですが、つわりで練習に参加できない日もあり、苦悩します。

しかも、段々と声量が落ちてきて、息も続かなくなってきました。

そのようななか、古山裕一(窪田正孝)は古山音の苦悩を知り、「そんな状態で舞台に出るのは、お客さんに失礼だ。君の夢を僕に預けて欲しい。いつか、僕が作った曲を、大きな舞台で君が歌う。その日まで」と言い、説得します。

すると、古山音は苦悩していた事を打ち明け、「椿姫」から降板しました。

そして、古山音は半年後に長女・古山華(はな)を出産したのでした。

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■エール-長女・古山華(はな)のモデル

長女・古山華のモデルは、昭和7年1月に生まれた古関裕而の長女・古関雅子です。

朝ドラ「エール」は時系列を崩しているので、簡単に実話の時系列を紹介しておきます。

古関裕而は昭和5年6月に古関金子と結婚し、同年9月に日本コロムビアと契約するために上京します。

そして、古関金子は昭和6年4月に帝国音楽学校に入学し、昭和7年1月に長女・古関雅子を出産しました。

長女・古関雅子を出産する直前に、古関裕而が専属契約を解除される危機に陥ったので、古関金子は大きなお腹を抱えて日本コロムビアの米山正に契約の継続を懇願し、契約金半額という条件で、契約継続を勝ち取りました。

そして、昭和9年に古関裕而の「利根の舟唄」がヒットし、古関金子は昭和9年7月に次女・古関紀子(みちこ)を出産します。

古関金子は妊娠・出産に伴って帝国音楽学校を退学しているのですが、朝ドラ「エール」の「椿姫」のエピソードは架空です。

また、双浦環(柴咲コウ)が「船頭可愛や」を吹き込むエピソードもアレンジされています。

実話では古関裕而の「船頭可愛や」が大ヒットしたのは昭和10年で、「船頭可愛や」を聞いた三浦環が昭和14年にレコードに吹き込んでくれました。

三浦環の「船頭可愛や」は、西洋音楽を扱う青レーベルから発売され、これが古関裕而で初の青レーベルになりました。

古関裕而は、尊敬する三浦環が「船頭可愛や」をレコードに吹き込んでくれたので、小躍りして喜び、「月のバルカローラ」を作曲して献上すると、三浦環は昭和15年に「月のバルカローラ」をレコードに吹き込んでくれました。

朝ドラ「エール」では昭和9年から昭和14年までのエピソードを、長女・古山華の出産で描いているので、実話の「利根の舟歌」や長女・古関雅子の出産は省略されるでしょう。

なお、古関裕而が「船頭可愛や」を作曲する実話のネタバレは「エール-「船頭可愛や」のモデルと古関裕而の実話ネタバレ」をご覧ください。

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