エール-佐藤久志(山崎育三郎)のモデル・伊藤久男の結婚と家系図

朝ドラ「エール」に登場する佐藤久志(山崎育三郎)のモデル・伊藤久男の家系図のネタバレです。

■伊藤久男の家系図

伊藤久男の家系図

家系図の解説は下記をご覧ください。

スポンサードリンク

■伊藤家の家系

伊藤久男の家系は、鎌倉時代の武将・畠山高国の家系です。この畠山氏は二本松を名乗り、福島県の二本松城を築いて、代々、二本松城の城主を務めました。

伊藤久男の伊藤家は、畠山高国の分家筋にあたり、伊藤熊吉の長男・伊藤彌(伊藤弥)が伊藤久男の父親になります。

伊藤彌は本宮銀行などの取締役を務め、多額納税者で、福島県議会議長などの要職を務めました。

伊藤彌の別荘が「蛇の鼻御殿」となっているので、相当な金持ちでした。

伊藤彌の死後、伊藤家の家督は、次男の伊藤幟(のぼり)が相続しています。

伊藤幟は本宮町長、本宮肥料(株)の重役など、数々の要職を歴任し、1960年の第29回衆議院議員総選挙に福島1区から出馬して初当選を果たして国会議員となるのですが、1963年に死去しています。

伊藤幟は、父・伊藤彌と先妻・伊藤ツネとの間に生まれた子供で、伊藤久男とは異母兄弟になります。

■伊藤久男の妻と子供

先妻・伊藤ツネの死後、父・伊藤彌は岡田省三の長女チキを後妻として迎えました。

後妻・伊藤チキは、茨城県会議員などを務めた岡田省三の長女で、岡田家は家老の家柄です。

さて、伊藤久男は14人兄弟の7番目(4男)として生まれています。兄・伊藤幟は異母兄弟で、養子も居たので、かなり複雑な家庭でした。

1人目の妻は、音楽学校の同級生で恋愛結婚だったのですが、1人目の妻は母・伊藤チキの嫁いびりに遭ってノイローゼとなり、実家に帰って養生したのですが、3年で離婚しました。

2人目の妻は、芸者歌手の赤坂百太郎(大西ふさ子)です。

伊藤久男は赤坂百太郎とのゴシップ記事が新聞に掲載され、レコード会社「日本コロムビア」の社長から「結婚するか、辞めるか」と言われたため、赤坂百太郎と結婚したのですが、後にゴシップ記事を書かせたのは赤坂百太郎だったと判明します。

さらに、赤坂百太郎は嫉妬深いので、伊藤久男もまいってしまい、戦時中に赤坂百太郎を故郷の福島に連れて行き、赤坂百太郎を福島に置いて逃げてきました。

3人目の妻は、宝塚歌劇団の桃園ゆみか(西山あさの)です。

桃園ゆみかは、先妻との間に出た子供を引き取ると言ったので、伊藤久男は桃園ゆみかと結婚しました。

2番目の妻・赤坂百太郎との間に生まれた子供が、「牧朗」「亜子」「丈子」「てい子」の4人。3番目の妻・桃園ゆみかとの間に生まれた子供が、「三礼子」「さとる」「あらた」「さだか」の4人です。

(注釈:Wikipediaに伊藤三礼子が長女と書いてあるが、伊藤久男は伊藤三礼子を4女と言っている。戸籍上はどうなっているのだろうか?)

なお、伊藤久男の生涯については「エール-佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは伊藤久男」をご覧ください。

スポンサードリンク

コメントを投稿する