エール-佐藤久志(伊藤久男)の「イヨマンテの夜」の実話のネタバレ

NHKの朝ドラ「エール」の佐藤久志(山崎育三郎)が歌う「イヨマンテの夜」のモデルと実話のネタバレです。

なお、朝ドラ「エール」のあらすじやネタバレは「エール-モデルとあらすじとネタバレ」をご覧ください。

■「イヨマンテの夜」の実話

佐藤久志(山崎育三郎)のモデル伊藤久男の代表曲と言えば「イヨマンテの夜」だが、「イヨマンテの夜」が制作された経緯は知られていません。

そこで今回は、「イヨマンテ(熊祭り)の夜」が制作された経緯の実話をネタバレします。

古山裕一(窪田正孝)のモデル古関裕而は、戦後、NHKの独活山万司からラジオドラマの作曲を依頼され、脚本家の菊田一夫と一緒にラジオドラマを手がけました。

古関裕而も菊田一夫も、吃音(どもり)があり、下戸(お酒が飲めない体質)だったので、意気投合し、戦時中に何度か一緒に仕事をしている仲でした。

さて、ラジオドラマを頼まれた古関裕而と菊田一夫は、戦後の昭和21年10月にラジオドラマ「山らか来た男」の放送を開始します。

そして、昭和22年10月にラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の放送を開始しました。

昭和24年ごろ、「鐘の鳴る丘」に杣人(そまびと/林業従事者)が登場することになりました。

杣人は曲を口ずさみながら、少年の家を通り過ぎるシーンがあるので、古関裕而は杣人のテーマ曲を作りました。

歌詞が無いので、歌は誰でも良かったのですが、山男のイメージを出すために、伊藤久男に歌を頼みました。

伴奏が無いので伊藤久男は歌いにくそうだったのですが、山男の雰囲気が出ていたので、菊田一夫も満足しました。

さて、杣人の出番が5回ほどで終わってしまうのですが、古関裕而は杣人のテーマ曲を気に入っていたので、このまま終わってしまうのは勿体ないと考え、菊田一夫に歌詞を書いて欲しいと頼みました。

すると、菊田一夫も同じ事を考えていたので、早速、曲のテーマについて話し合いました。

古関裕而は、菊田一夫の単発ラジオドラマ「黒百合夫人」などで、アイヌをテーマにした曲を手がけていたので、「歌謡曲でアイヌに取材した歌は一曲もないから面白いと思う」と提案します。

すると、菊田一夫も「それは面白い」と同意し、珍しく、直ぐに歌詞を書いてくれました。

古関裕而は、杣人のテーマ曲を少し手直しして、日本コロムビアのディレクター松岡醇三にレコードにして欲しいと頼みに行くと、松岡醇三は「アイヌの曲は良いですね」と賛成してくれました。

そこで、合唱も日本語を止めてアイヌ語にしようということで、NHKの資料室長・小川昂に頼んで、熊祭り(イヨマンテ)などに使うアイヌ語を探してもらい、「カムイ・ホプニナ・ア・ホイ・ヨー」を選びました。

さらに、古関裕而は、従来の前奏の後に歌が始まるパターンを破って、オペラのアリア風に冒頭から「ア・ホイ・ヤー、イヨマンテ」と歌い出すようにしました。

こうして完成した曲が、伊藤久男の代表曲となる「イヨマンテの夜」なのです。

「イヨマンテの夜」のレコードは昭和25年2月に発売されたのですが、日本コロムビアの文芸部長・伊藤正憲は「こんな難しい歌は売れっこない」と言い、一切の宣言をしてくれませんでした。ポスター1枚すら作ってくれませんでした。

しかし、伊藤久男は「イヨマンテの夜」に惚れ込み、俺は自分1人でこの歌を流行らせると言い、ステージなどでチャンスがあると、必ず「イヨマンテの夜」を歌いました。

当初は全く反応は無かったのですが、しばらくすると、NHKのど自慢でチラホラと歌う人が現われるようになり、やがて、男性のほとんどが「イヨマンテの夜」を歌う程になりました。

こうして、「イヨマンテの夜」はNHKのど自慢から火が付き、「イヨマンテの夜」は伊藤久男の代表作になったのです。

なお、佐藤久志(伊藤久男)のモデル伊藤久男の生涯や結婚相手のネタバレは「エール-佐藤久志(山崎育三郎)のモデルは伊藤久男」をご覧ください。

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