朝ドラ「おちょやん」-最終回と結末の実話のネタバレ

杉咲花が主演するNHKの朝ドラ「おちょやん」の最終回と結末の実話のネタバレを解説します。

■おちょやん-最終回と結末の実話のネタバレ

竹井千代(杉咲花)のモデル浪花千栄子は、夫・渋谷天外の不倫が原因で離婚し、松竹新喜劇を辞めて、京都へ行って自殺しようとしました。

しかし、真後ろを通り過ぎるバイクの爆音を聞いて我に返り、自殺を思いとどまって、京都の長屋の2階で落ちぶれて生活していました。

そのようななか、吉本興業の芸人・花菱アチャコがNHKのラジオドラマ「アチャコ青春手帖」を開始するのですが、直ぐに相方(母親役)が降板してしまいます。

そこで、花菱アチャコは、自分のアドリブに対応でき、大阪弁が喋れる女優として、浪花千栄子を相方に指名します。

しかし、浪花千栄子は松竹新喜劇を辞めた後、消息不明となっており、連絡を取ることが出来ませんでした。

NHK大阪放送局のプロデューサー・富久進次郎は、浪花千栄子が京都にいるという噂を手がかりに、京都中を探し回ったのですが、浪花千栄子は見つかりませんでした。

やがて、タイムリミットを迎えたので、他の女優を相方にしようとするのですが、NHK大阪放送局の佐々木英之助が「もう1日だけ待つ」と言うので、富久進次郎は再び京都へと向かいました。

しかし、やはり浪花千栄子は見つかりません。

疲れ果てた富久進次郎は、1杯飲み屋に入り、「ここら辺に居るはずなんだが」とため息をつくと、飲み屋の主人が「浪花千栄子なら、さっき、銭湯に入っていきましたよ」と教えてくれた。

こうして、富久進次郎は、浪花千栄子を発見するのだが、浪花千栄子は長屋の2階で生活しており、着物も質に入れ、電車賃も無いほど落ちぶれた生活をしていました。

しかし、浪花千栄子は、こうして、ラジオドラマ「アチャコ青春手帖」に出演し、花菱アチャコの母親役を務めた事が切っ掛けで、映画の仕事も舞い込むようになり、女優としてブレイクしていきました。

その後、浪花千栄子は仕事が軌道に乗り、旅館「竹生」を経営し、事業を手がけ、女優としても名脇役として活躍していたのですが、昭和48年(1973年)12月22日に死去しました。

後日、浪花千栄子の通夜に参加していた男性が、浪花千栄子の養女・南口輝美の元を訪れ、お通夜の時の浪花千栄子の死に顔について、「綺麗だった。生きているようだった。さすがは女優だ」と感心します。

すると、養女の南口輝美は、浪花千栄子の遺言を打ち明けます。

実は、浪花千栄子は死ぬ何年も前から、「私は女優なので、死んでも人様に汚い顔は見せたくない。ビンタをすれば、血色が良くなるので、私が死んだら私の顔を何度も何度もビンタしなさい」と言い、養女の南口輝美に自分の顔を叩かせ、ビンタの練習をさせていたのです。

このため、養女の南口輝美は浪花千栄子が死ぬと、泣きながら浪花千栄子の顔をビンタしていたので、浪花千栄子の死に顔は血色が良く、生きているような死に顔だったのです。

なお、朝ドラ「おちょやん」のあらすじや実在のモデルのネタバレは「朝ドラ「おちょやん」あらすじとモデルのネタバレ」をご覧ください。

スポンサードリンク

コメントを投稿する