おちょやん-福富楽器店のモデルとネタバレ

NHKの朝ドラ「おちょやん」に登場する「福富楽器店」のモデルとネタバレです。

■福富楽器店のネタバレ

朝ドラ「おちょやん」に登場していた芝居茶屋「福富」は、芝居茶屋の客が減ってきたことから、喫茶も出来る「福富楽器店」と鞍替えした。

道頓堀を離れた竹井千代(杉咲花)が戻ってきた時には「福富楽器店」になっていたので、大正14年から昭和3年の間に転業したようである。

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■福富楽器店の実在のモデル

「福富楽器店」のモデルは、戦前の道頓堀に実在した「今井楽器店」です。

「今井楽器店」は、初代・今井佐兵衛の娘・今井タケが幕末(1838年)に大阪の道頓堀の「中座」の前で芝居茶屋「稲竹」として創業した。

創業者の今井タケは、稲野屋徳兵衛の支援を受けて、芝居茶屋を創業したことから、2人の名前を取り、「稲竹」となった。

「稲竹」は代々、芝居茶屋の取締役を務める程の名門だったが、客が減ってきたので、音楽好きの5代目・今井寛三の提案により、大正5年(1916年)に芝居茶屋を廃業し、「今井楽器店」を始めた。

「今井楽器店」は、神戸の輸入業者から、ギターやマンドリンを仕入れてショーウインドウに並べ、大阪で最初の西洋楽器店となった。レコードも売っていた。

朝ドラ「おちょやん」の「福富楽器店」は喫茶店を併設しているが、モデルの「今井楽器店」は「玩具屋」を併設していた。

作曲家の服部良一は、大阪の出身で、子供の頃に千日前の音楽隊に入っていた関係で、「今井楽器店」に通っていたようだ。

「ブギの女王」と呼ばれる歌手・笠置シズ子も、道頓堀の「松竹楽劇部」に入っていたので、「今井楽器店」に通っていたようだ。

■三田純一のネタバレ

芝居茶屋「稲竹」は、大正5年に廃業して、「今井楽器店」をオープンしたのだが、このとき、「稲村」の女中頭だった野村照が芝居茶屋「稲竹」の権利を譲り受け、芝居茶屋「稲照」を開業した。

作家・三田純一(三田純市)という道頓堀の生き字引みたいな人が居て、この三田純一の祖母が「稲竹」を創業した野村照である。

三田純一は芝居茶屋「稲照」の長男として生まれ、松竹新喜劇の2代目・渋谷天外や曽我廼家十吾に師事しているので、朝ドラ「おちょやん」に登場する可能性もある。

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■「今井楽器店」の現在

道頓堀は第2次世界大戦の時の空襲を受けており、芝居茶屋「岡安」のモデルとなった芝居茶屋「岡島」は空襲で焼失して廃業した。

「福富楽器店」は空襲で焼失して、戦後、うどん屋「今井」なっており、現在もうどん屋「今井」として続いている。

芝居茶屋「稲照」も空襲で焼失したので、戦後はアクセサリー店になった。「稲照」に従業員が店を引き継いだようだ。現存しているかは分らない。

なお、朝ドラ「おちょやん」の登場人物とモデルのネタバレは「おちょやん-あらすじとモデルのネタバレ」をご覧ください。

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