カムカムエヴリバディ-モデル平川唯一のネタバレ

NHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のモデルとなった平川唯一(ひらかわ・ただいち)を紹介します。

■平川唯一のネタバレ

平川唯一は、明治35年2月に岡山県高梁市で、農家の次男として生まれました。

平川唯一は小学校を卒業して家業の農業に従事していたのですが、16歳の時にアメリカで出稼ぎをしていた父親を迎えに行くため、英語が分らない状態で渡米し、父親を帰すと、そのままアメリカに滞在しました。

そして、日本人向け商店で働いているときに英語が必要だと痛感し、英語の勉強を始め、アメリカ人宅の書生となり、19歳の時に地元の小学校に入学します。

その後、3年で小学校を卒業すると、高校、大学へと進学し、昭和10年にワシントン大学を首席で卒業しました。

卒業後、平川唯一はアメリカで日本人の滝田ヨネと結婚し、長男が誕生したことを機に、昭和12年に帰国しました。

帰国した平川唯一はNHKの採用試験に合格し、外国向け放送のチーフアナウンサーとして活躍しました。

しかし、戦後、NHKの通訳としてGHQと交渉していた平川唯一は、NHK幹部の誤解を招き、NHKを辞職します。

ところが、その1ヶ月後に、NHKから英会話番組を担当して欲しいという依頼があり、快く引き受けた。

平川唯一は、英会話番組を引き受けたものの、英語を教える事は知ろうとだったので、困り果てたが、自分が子供達と一緒に学んで英語が喋れる様になった事に気づき、口まねで英語を覚えるという方法を思いつきます。

そして、敗戦で落ち込んでいる日本人を楽しくさせようと思い、「証城寺の狸囃子」の替え歌で、「カム・カム・エブリバディ」という曲を作り、英会話番組のテーマ曲放送した。

すると、テーマ曲「カム・カム・エブリバディ」が爆発的な人気を呼び、平川唯一は「カムカムおじさん」として有名になりました。

しかし、英会話ブームが終わると、NHKの英会話番組は打ち切りとなり、民放で英会話番組を始めたのですが、民放でも打ち切りとなりました。

なお、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」のあらすじとネタバレは「カムカムエヴリバディ-あらすじとモデルとネタバレ」をご覧ください。

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