永田武を第1次南極観測隊の隊長に任命

永田武が登場する実話「南極物語」のあらすじとネタバレの「永田武を南極観測隊の隊長に任命」編です。実話「南極物語」のあらすじは「実話『南極物語』のあらすじとネタバレ」をご覧ください。

このページは「朝日新聞の南極学術探検」からの続きです。

1955年(昭和30年)11月、日本政府は国際地球観測年への参加を閣議決定し、文部省に南極地域観測統合推進本部を設置した。また、海上保安庁も灯台補給船「宗谷」を南極観測船へと改造するをことを決定した。

1955年12月、南極地域観測統合推進本部は、第1次南極観測隊(予備観測隊)の隊長に永田武を任命し、南極観測船「宗谷」の船長に松本満次を任命した。

第1次南極観測隊の隊長に就いた永田武は、ノーベル賞候補にも名前が挙がったことの学者で、国際地球観測年(IGY)の国際会議にも日本代表として出席するほど偉い人だった。

永田武が南極観測隊の隊長に決定すると、国内やアメリカの学者から「永田先生を南極へ行かせるな。隊長から外せ」とクレームが殺到したのである。

南極物語-第1次越冬隊が発足した経緯」へ続く。

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