第2次南極観測隊の副隊長は村山雅美
木村拓哉が出演するドラマ「南極大陸」でも有名な「南極物語」のあらすじとネタバレ「第2次南極観測隊の副隊長は村山雅美」編です。
このページは「ボツンヌーテンと樺太犬ベックの死亡」からの続きです。南極物語のトップページはは「南極物語のあらすじとネタバレ」です。
第1次越冬隊を下ろして帰路に就いた南極観測船「宗谷(そうや)」は随伴船「海鷹丸(うみたかまる)」と共に、1957年(昭和32年)3月10日にケープタウンへ入港する。
隊長の永田武と航海長の山本順一の2名は報告のため、南極観測船「宗谷」を下船して、ケープタウンから空路より帰国した。
1957年(昭和32)4月24日、宗谷と海鷹丸の2隻が無事に東京湾へ到着するが、前日の1957年4月23日には、宗谷を迎えに飛んだ西日本新聞社の航空機が鹿児島阿久根市瀬戸海中に墜落し、搭乗していた横山三夫・小田一夫・藤田静夫の3名が死亡する事故が発生する。
1957年(昭和32)6月8日に、第2次南極観測隊の隊長に永田武が決定する。副隊長に村山雅美が決定し、宗谷の船長に松本満次が決定する。また、第2次南極観測隊の隊員6名も決定した。
さらに、1957年(昭和32)8月28日には、第2次南極観測隊の隊員16名を決定し、隊員は計22名になる。
そして、第2次南極観測隊は、同年8月30日から山梨県中山湖畔で1ヶ月間にわたる合同訓練を開始し、南極へ向かう準備を進めていく。「南極観測船『宗谷』とバートンアイランド号のあらすじ」へ続く。
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