とと姉ちゃん 三女・小橋美子のモデルは大橋芳子

NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のモデルとなる大橋鎭子(大橋鎮子)の生涯を描く実話「とと姉ちゃん-大橋鎭子(大橋鎮子)と花森安治の生涯」の番外編「三女・小橋美子のモデルは大橋芳子」です。

実話「とと姉ちゃん-大橋鎭子(大橋鎮子)と花森安治の生涯」の目次は「とと姉ちゃん 大橋鎭子(大橋鎮子)と花森安治の生涯」をご覧ください。

■小橋美子(杉咲花)
ドラマ「とと姉ちゃん」に登場する小橋美子(杉咲花)の実在のモデルは、大橋家の三女・大橋芳子です。

ドラマ「とと姉ちゃん」に登場する小橋美子(杉咲花)は、小橋家の三女です。衣装に興味を示し、姉・小橋常子(高畑充希)が作る「あなたの暮し」で衣装面をサポートすることになります。

■モデルとなった大橋芳子の生涯
大橋芳子(おおはし・よしこ)は、大正14年(1925年)頃に北海道・虻田で、父・大橋武雄の三女として生まれました。

日本製麻に就職した父・大橋武雄は、工場長として東京から北海道へ赴任したが、結核に感染し、日本製麻を退社して東京へと戻ることになります。

大橋芳子ら家族は、東京・鎌倉・大森などを転々とし、最終的に東京府下大井鹿島町に定住しました。その後、父・大橋武雄は看病の甲斐も無く、死んでしまいます。

(注釈:父・大橋武雄の生涯は「とと姉ちゃん 父・小橋竹蔵のモデルは大橋武雄」をご覧ください。)

戦後、姉の大橋鎮子(大橋鎭子)が出版社「衣装研究所」を設立し、雑誌「スタイルブック」を出版することになると、大橋芳子は出版社の設立メンバーとして雑誌作りに協力します。

その後、姉の大橋鎮子(大橋鎭子)は雑誌「美しい暮しの手帖」を創刊します。大橋芳子は引き続き、雑誌「美しい暮しの手帖」の創刊メンバーとして活躍します。

雑誌「美しい暮しの手帖」で、原稿を依頼する役は、主に大橋鎮子(大橋鎭子)と大橋芳子でした。

雑誌「美しい暮しの手帖」は知名度が低い雑誌なので、原稿を依頼しても相手にしてくれない事も多いのですが、大橋芳子は、一度やると決めたら決して諦めない性格だったので、粘りに粘って原稿を書いてもらい、雑誌「美しい暮しの手帖」に貢献しました。

また、大橋芳子は、暮しのちょっとした工夫をメモした人気コーナー「エプロンメモ」を手がけました。

また、大橋芳子は、花森安治の机を整理する役も務めました。花森安治は机に並べている筆記用具や文房具などが少しでもずれていると激怒するため、机を整理する役は神経をすり減らす大変な役でした。

暮しの手帖社は、役職名を付けずに呼び合っていたので、大橋芳子はみんなから「芳子さん」と呼ばれていましたが、花森安治だけは「芳子チャン」と呼びました。

大橋芳子は、姉の大橋鎮子(大橋鎭子)と同様に結婚せずに生涯、独身だったようで、2014年10月21日午後3時30分に老衰で亡くなりました。死亡時の肩書きは「暮しの手帖社」の取締役です。年齢は89歳でした。喪主は姉・大橋晴子が務めました。

姉の大橋鎮子(大橋鎭子)は、前年の2013年3月23日に肺炎で死去してしいます。大橋鎮子(大橋鎭子)は93歳でした。

ドラマ「とと姉ちゃん」の登場人物のモデルまとめは「『とと姉ちゃん』の登場人物と実在のモデル一覧」をご覧ください。

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