ブギウギ-花田ツヤ(水川あさみ)のモデルは亀井ウメ

NHKの朝ドラ「ブギウギ」の母・花田ツヤ(はなだ・つや/水川あさみ)のモデル亀井ウメ(かめい・うめ)のネタバレです。

ブギウギ-花田ツヤ(水川あさみ)のあらすじ

花田ツヤ(水川あさみ)は香川県出身で、花田梅吉(柳葉敏郎)の妻で、花田鈴子(趣里)の母である。

花田家は銭湯「はな湯」を営んでおり、花田ツヤ(水川あさみ)は、いつも番台に座って銭湯の経営に奮闘している。

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ブギウギ-花田ツヤ(水川あさみ)のモデル

朝ドラ「ブギウギ」に登場する花田ツヤ(水川あさみ)は、亀井シズ子の養母・亀井ウメです。

亀井ウメは香川県引田町の出身で、同じく引田町出身の亀井音吉と結婚して、大阪で米屋を営んでいた。

2番目の子供・亀井正雄の出産で香川県に里帰りしていた亀井ウメは、乳の出が悪い谷口鳴尾から頼まれ、谷口鳴尾の赤ちゃん(笠置シズ子)に沿い乳をしていた。

谷口鳴尾は子供が出来たが、結婚が許されず、生まれた赤ちゃんを手放すことになったようで、沿い乳をしていた亀井ウメが笠置シズ子を養子として引きとって大阪に連れて帰った。

亀井ウメの夫・亀井音吉は、亀井ウメが赤ちゃんを2人も抱えて戻ってきたので、「双子かいな」と驚いたというので、笠置シズ子を養子にしたのは亀井ウメの独断だったようだ。

亀井ウメは芸好きで、3歳の笠置シズ子に日本舞踊を習わせるようになる。

朝ドラ「ブギウギ」の花田ツヤ(水川あさみ)は、銭湯「はな湯」を経営しているのだが、実話では最初は米屋を営んでおり、笠置シズ子が小学校へ入学した年に銭湯(風呂屋)へと転業した。

米騒動に嫌気をさして銭湯へと転業したようだが、銭湯の経営は上手くいってなかったようで、大阪を転々とした末、実子の亀井八郎が19歳の時に散髪屋を開いたので、銭湯を廃業している。

昭和14年(1939年)、笠置シズ子は東京の松竹楽劇団に在籍していたとき、東宝から引き抜きを受ける。

笠置シズ子は、養母・亀井ウメの治療費が必要だったことから、東宝への移籍を承諾するが、松竹に察知され移籍を妨害され、移籍問題へと発展し、服部良一が問題解決のために奔走する。

この年、花田ツヤ(水川あさみ)のモデル亀井ウメは、乳がんで死亡した。

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