齋藤智浩(水嶋ヒロ)の書評
その昔、阿佐田哲也という作家がいた。彼は「阿佐田哲也」というペンネームと、「色川武大」という本名を使い分けて、数々の名作を世に送り出した。
大衆文学を担当する佐田哲也は、原稿の枠を大きくはみ出した生きた文字を書き、純文学を担当する色川武大は、小さく洗練された文字で筆を進めた。
繊細な演技で知られる俳優の水嶋ヒロは、演技からは想像も付かない大胆な描写で小説「KAGEROU」を書き上げ、誰も知らない「齋藤智浩」というペンネームで作品を発表した。
その小説「KAGEROU」は第5回ポプラ社小説大賞に選ばれ、水嶋ヒロは齋藤智浩という才能の片鱗を現わした。
小説「KAGEROU」の主人公は悪魔と契約を交わし、数奇な運命をだどることになる。作者の齋藤智浩もまた、これから数奇な運命をたどることになるかもしれない。
その昔、アメリカにロバート・ジョンソンというブルースマンが居た。彼はクロスロード(十字路)で悪魔と契約を交わし、ギターの技術を手に入れた。
悪魔と契約した者は多い。彼らは契約と引き替えにアメリカンドリームを手に入れた。しかし、一度悪魔と契約を交わした者は、その契約から逃れることはできないのである。
悪魔と契約した者は、富や名声を手に入れる代償として、命を刺し差し出さなければならない。ロバート・ジョンソンやリッチー・ヴァレンスなど、多くの者が命を落とした。
水嶋ヒロもまた、クロスロードで悪魔と契約を交わして、齋藤智浩という才能を手に入れたのかもしれない。悪魔との契約は甘い蜜の味がする。誰もが悪魔と契約を結びたがる。
しかし、忘れてはいけない。多くの者が栄耀栄華を極めたが、悪魔との契約から逃れた者は、誰1人としていないことを。