この世界の片隅に-原作ネタバレ感想文
「この世界の片隅に」の映画と原作漫画を読んだ感想文です。原作漫画を読んだ感想ですが、映画もほぼ同じストリーなので、映画にも対応しています。
「この世界の片隅に」のあらすじとネタバレは「この世界の片隅に-原作のあらすじとネタバレ」をご覧ください。
■この世界の片隅に-原作ネタバレ感想文
原作漫画「この世界の片隅に」を読んだ。以前に「世界の中心で、愛をさけぶ(セカチュー)」という映画があったが、こちらは世界の片隅の広島県で生きる浦野スズの日常を描いた漫画だ。
一般的な漫画や映画の読者(視聴者)は神の視点なので、全てのことが見えるのだが、原作漫画「この世界の片隅に」は、主人公の浦野スズが見たり、経験したりしていないことは描かないという手法が採られている(ただし、若干の例外がある)。
このため、戦前から戦時中の広島を描いているのだが、浦野スズは広島の原爆を体験していないので、広島の原爆は「ピカドン(光と音)」だけしか描かれていない。
また、浦野スズは、夫・北條周作が遊女・白木リンが関係を持っている所を見ていないので、2人が一緒に居るシーンは描かれていない。
だから、同じ理由で、夫・北條周作が働いている様子も描かれていないし、遊女・白木リンが死んだところも、鬼いちゃん(兄)や同級生・水原哲が戦死したシーンも描かれていない。
だから、主人公の浦野スズが見ていないことは描かれないということを理解していないと、「この世界の片隅に」は説明不足な原作だと感じるかもしれない。
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■映画でカットされたシーン
「この世界の片隅に」は、行間を読み取ることが大切だと思う。たとえば、映画版であれば、浦野スズの妊娠に関するエピソードだ。
浦野スズは、夫・北條周作に痩せたと指摘され、翌日の朝、2人分の大盛りのご飯を食べさせてもらえた。
しかし、浦野スズは病院から出てきたシーンの後の夕飯では、「朝、よけいに食べたんじゃし、こんくらいでいいよね」と言われ、少ししか食べさせてもらえなかった。
こうして、ご飯2人分→病院→ご飯1人分という流れを描くことで、直接的に妊娠したかもしれないというシーンを描かなくても、妊娠への期待から、失望へと変わる様子が十分に読み取れる。
ただ、映画のこのシーンは、原作のあるエピソードがカットされている。
そのカットされた原作のエピソードというは、浦野スズが病院を出た後、遊女・白木リンに会いに行き、跡取りが出来ずに悩んでいることを打ち明けるシーンだ。
浦野スズが妊娠できずに悩むという点は、家という制度を描く重要な要素なのだが、映画ではカットされているため、残念だった。
■家という制度に翻弄さえる女性
映画ではカットされたが、浦野スズは妊娠しないことから、跡取りを産まないと実家へ追い返されると悩んでいた。
現在の結婚は個人と個人の問題だが、当時の結婚は家と家の問題で、跡取りを産めなと、嫁は実家に追い返されることがあった。そして、追い返されることは家の恥だった。
当時は嫁にとって子供が出来ないと言うことは大問題で、子供の出来ない嫁は、夫が遠方へ出かけさせておき、その間に夫の兄弟や親類の子供を身ごもって嫁としての役目を果たした、という話を聞いたことがある。
現在は個人が尊重されており、現在の感覚では理解できないかもしれないが、当時は個人よりも家が重視されたのだ。
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■祖母が教えた傘の話のネタバレ
浦野スズに縁談が舞い込むと、祖母は浦野スズに、結婚式を挙げた日に新郎が「傘を一本持ってきた?」と尋ねたら、「はい。新な(にいな)のを1本持ってきました」と答えなさいと教えた。
そして、祖母は、新郎が「さしてもいいかいの?」と言ったら、「はい」と答えなさいと教えた。
浦野スズは意味が分からないので理由を尋ねたが、祖母は「なんでもじゃ」と答えた。
これは原作にも映画にも詳しい説明は無いのだが、新婚初夜の行為前に交わされるテンプレートな会話で、「床入り問答」と呼ばれるものである。
「床入り問答」の中で有名なのは、柿を使った問答で、「柿の木問答」と呼ばれ、「柿の木問答」は次のような会話が交わされる。
新郎「貴方の家に柿の木はありますか?」
新婦「あります」
新郎「よく柿はなりますか?」
新婦「なります」
新郎「取って食べても良いですか?」
新婦「はい」
このように、DVDや無料動画の無い時代は、年上の女性が先生になって若い男性に「子作り」の方法を教える風習があった。
そして、女性が男性に「子作り」を手ほどきするときに、問答を使って「まだ早い」「そろそろ、いいわよ」「早くしろボケ」などと指導した。この時の問答が「床入り問答」である。
また、こうした「床入り問答」がテンプレート化され、新婚初夜の行為前に形式的な問答が交わされていた。
結婚式で初めて出会った2人が何を喋ったらいいのか分からないので、話をする切っ掛けに、テンプレート化された「床入り問答」が利用されたらしいが、どういう理由で「床入り問答」という風習が誕生したのか、詳しい経緯は分からない。
「床入り問答」の意味と解釈
原作漫画「この世界の片隅に」では、新婚初夜に浦野スズは祖母から教わった「床入り問答(柿の木問答)」を始めるのだが、夫・北條周作は問答の意味を理解していなかったのか、浦野スズから傘を借り、傘を使って軒下に干してあった干し柿を取って食べるというオチが付いている。
このシーンは、既に「床入り問答」という習慣が廃れていた、という解釈で良いと思う。
浦野スズは祖母から「床入り問答」を教えられたので、知っていたが、既に「床入り問答」は廃れていたので、夫・北條周作は知らず、傘を借りて柿を取った、と解釈できる。
少し角度を変えてみると、浦野スズの住んでいた田舎では「床入り問答」が続いていたが、夫・北條周作が住んでいた都心部では、そのような風習は廃れていた、という解釈も成り立つ。
史実では、昭和初期くらいには「床入り問答」の風習は廃れていたようだが、戦後も山間部などでは「夜這い」という風習が残っていたとも伝わっているので、「床入り問答」も戦後まで残っていた地域があるかもしれない。
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■柿の意味
「この世界の片隅に」の中で、柿は何を意味しているのだろうか。私は、柿は女性を表していると解釈した。
昔の女性は結婚相手によって一生を左右されため、結婚は女性の人生を左右する運命の分かれ道だった。
にもかかわらず、主人公の浦野スズは、18歳の時に縁談が持ち込まれ、よく知りもしない夫・北條周作と結婚したように、当時は顔も知らない相手と結婚することはよくあることだった。
結婚に運命を左右される女性にとって、顔も知らない相手と結婚することは、完全に運任せで、宝くじを買うようなものであり、自分の人生を完全に運に任せるということに等しく、結婚してみるまで幸せかどうか分からない。
柿というのは、食べてみるまで、渋いか、甘いか分からないので、顔も知らない男性と結婚する女性の運命を象徴と解釈できる。
■本当の幸せ
主人公の浦野スズは、同級生・水原哲のことが好きだったが、見ず知らずの夫・北條周作と結婚することになった。
思いを寄せていた水原哲と結婚できず、顔も知らない夫・北條周作と結婚した浦野スズを不幸と思う人も居るかもしれない。しかし、私は浦野スズが不幸だと思わない。
確かに結婚が終点なら浦野スズは不幸かもしれない。しかし、結婚というのは人生の通過点にしか過ぎない。幸せな人生かどうかなんて、死んでみるまで分からない。
実際に見ず知らずの人と結婚して、幸せな人生を送っている人は大勢いるし、大恋愛の末に結婚しても、不幸になる人も居る。
たとえば、夫・北條周作の姉・黒村径子である
黒村径子は恋愛の末、時計屋の息子と結婚して黒村家へ嫁に行った。黒村径子の夫は体が細かったおかげで兵隊には取られなかったが、病気で死んでしまった。
黒村径子は夫の死後も黒村家に残っていたが、建物疎開で自宅が取り壊しになり、黒村家が下関へ行くというので、離縁して実家の・北條家に戻ってきた。
黒村径子は長女・晴美を連れて戻ってきたが、長男・久夫は黒村家の跡取りということで、黒村家に取られ、連れて帰ることが出来なかった。
防空壕を作ったとき、長女・晴美に軍艦のことを教えた久夫という人物がいる台詞があった。その久夫というのが、黒村家に取られた長男・久夫のことである。
そして、黒村径子は長男・久夫を黒村家に取られたうえ、長女・晴美まで空襲の事件爆弾で失ってしまったのである。
だから、好きな人と結婚したとしても、幸せになるとは限らない。現代でも、好きな人と結婚したとしても、不倫をしたり、離婚したりする人は大勢いる。
実際に恋愛結婚の離婚率は約5割で、見合い結婚の方の離婚率は1割5部ほどだ。親が決めた許嫁と結婚した場合はもっと離婚率が下がるようだ。
もちろん、離婚率だけで幸せか不幸せかを判断することは出来ないが、結婚というのは単なる通過点に過ぎず、顔も知らない人と結婚した浦野スズが不幸とは限らないということである。
そして、これは結婚だけの話ではない。一流の会社に入っても、会社が倒産するかもれないし、電車通勤をしてるときに痴漢のえん罪で逮捕されるかもしれない。明日、日本にゴジラが上陸するかもしれない。何が起こるのかなんて誰にも分からない。一寸先は闇である。
だから、大切なのは、どのような状況におかれても、その状況で精一杯生きて自分の居場所を見つけることだと思う。
しかし、私は未だに自分の居場所を見つけることが出来ない。自分の居場所を見つけられることは、とても贅沢なことなのかもしれない。
なお、映画に描かれなかった座敷童子と白木リンのネタバレについては「座敷童子と白木リンのネタバレ」をご覧ください。
■北川景子バージョンのネタバレ
「この世界の片隅に」には、北川景子が主演した日本テレビの終戦記念スペシャルドラマもあるので、簡単に原作や映画との違いをネタバレしておきます。
北川景子バージョンは、原作にあった「傘を持ってきたか」という床入り問答が無く、映画で省略された夫と遊女・白木リンがの関係が採用されていた。
さらに、北川景子バージョンは、細部が原作から変更されており、主演の北川景子は顔が美形なこともあって、原作の雰囲気は活かされていなかった。
オチも、浦野スズが子供の頃に人さらいにさらわれたという記憶は、人さらいにさらわれたのでは無く、道に迷っていたときに夫・北條周作と出会い、夫・北條周作の親戚の荷馬車に乗せて貰ったというオチに改変されており、イマイチだった。
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