江-姫たちの戦国-ネタバレ

NHK大河ドラマ「江(ごう)-姫たちの戦国」の原作となる田渕久美子の小説「江-姫たちの戦国」のあらすじとネタバレのネタバレ編です。このページは「江-姫たちの戦国のあらすじ」からの続きです。

ここからは、浅井3姉妹の1人1人のネタバレに別れます。

■長女・茶々(ちゃちゃ)のネタバレ
浅井三姉妹の長女・茶々(ちゃちゃ)は20歳の時、52歳の豊臣秀吉の側室となる。そして、秀吉の実子・捨(後の鶴松)を出産する。嫡子を出産した茶々は、秀吉から淀城を賜ったことから「淀(よど)」と呼ばれるようになる。

豊臣秀吉に実子はおらず、秀吉の嫡子を産んだ淀は豊臣家での地位を確立するが、捨は3歳で病死してしまう。

その後、淀(茶々)は秀吉の実子・拾(豊臣秀頼)を出産し、豊臣秀吉の死後は豊臣家の実権を握るが、関ヶ原の合戦を制して征夷大将軍に就いた徳川家康との確執を深め、大坂夏の陣で豊臣秀頼と共に自害する。

■次女・初のネタバレ
浅井三姉妹の次女・初は豊臣秀吉のとりはからいで、一目惚れした京極高次と結婚し、正室となる。

関ヶ原の合戦のさい、京極高次は石田三成らの西軍(長女の茶々=淀側)に味方するが、徳川家康らの東軍(三女の江側)に寝返る。そして、大津城に籠城して西軍を足止めする。

京極高次は西軍に投降したものの、関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康に西軍を足止めした功績を認められ、若狭小浜を得る。

子宝に恵まれなかった初は、妹の江から「初姫」を養女にもらう。初は大阪の役で、豊臣家と徳川家とを仲介するために尽力するものの力及はばず、豊臣家(姉の淀)は滅んでしまうのであった。

その後、耶蘇教(やそ教=キリスト教)を信仰していた初は出家して、名を「常高院(じょうこういん)」と改める。常高院は浅井三姉妹の中で最も長生きし、64歳で鬼籍に入る。

■3女・江のネタバレ
浅井三姉妹の3女・江は12歳にして、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の命令で織田信長の甥・佐治一成と結婚する。しかし、佐治一成が徳川家康に船を貸すなどの便宜を図ったことが秀吉の逆鱗に触れ、江は呼び戻されて離婚となる。

その後、江は豊臣秀吉の命令で、豊臣秀吉の甥・豊臣秀勝(羽柴秀勝)と再婚して、完子(さだこ)を出産するが、豊臣秀勝は朝鮮出兵に参加したさい、唐島陣中で病死してしまう。

その後、江は豊臣秀吉の命令で、豊臣秀勝との間に生まれた完子を姉の淀(茶々)に預け、徳川家康の嗣子(しし)・徳川秀忠(第2代将軍)と結婚する。江にとっては3度目の結婚である。幼少期から江の記憶に残っていた手の持ち主は、徳川秀忠であった。

やがて、江は徳川秀忠との間に7子(2男・5女)を儲ける。江は次男の徳川忠長を第3代将軍に推すが、春日局が乳母を務めていた長男の竹千代が徳川家光へと改名して、後に第3代将軍に就任することとなる。

徳川家康は、江の5女・徳川和子(まさこ)を天皇家へ嫁がせる手はずを整え、江戸幕府の基盤を揺るぎないものにすると、その生涯を閉じた。

やがて、長男の徳川家光が第3代将軍に就き、後水尾天皇の結婚した徳川和子は興子(後の女帝・明正天皇)を出産する。

政治の道具として翻弄された半生を送った江は、安定した晩年を送り、54年の天寿を全うしたのであった。江の年齢については、「江の年齢のネタバレ年表」をご覧ください。「江-姫たちの戦国-感想」へ続く。

コメントを投稿する

コメントは正常に投稿されていますが、反映に時間がかかります。




コメント欄

よくわかりました

  • 投稿者-
  • 江姫

江姫が天皇の妻を生んでいたなんて初めて知りました。
なぜ秀吉は江を3回も結婚を命令したのでしょうか。

  • 投稿者-
  • 満田佳子