「ゴシュは死んだ」の意味と秘密

榎木孝明が出演するフジテレビ系の昼のミステリードラマ「霧に棲む悪魔」の第31話の感想と、悪魔が恐れる呪文「ゴシュは死んだ」の意味について。


ドラマ「霧に棲む悪魔」の第31話のあらすじは「「霧に棲む悪魔-第31話のネタバレ」をご覧下さい。
最初に、龍村玄洋(榎木孝明)に謝罪しなければならない。無能な引き籠もり、と罵倒して申し訳なかった。第31話で龍村玄洋を見直した。
なんと、龍村玄洋(榎木孝明)は、悪魔が怯える呪文「ごしゅはしんだ(ゴシュは死んだ)」の謎を解いていたのである。やはり、浅見光彦シリーズで鍛えた榎木孝明の推理力は伊達ではない。
「ゴシュは死んだ」の謎を解いた龍村玄洋(榎木孝明)は、右手に持ったコーヒーカップを置くと、コーヒーカップを半回転させ、左手でコーヒーカップの取っ手を持って、コーヒーカップを持ち上げた。
その様子を見た御田園陽一(戸次重幸)は血相を変えて、龍村玄洋(榎木孝明)が持ったコーヒーカップをたたき落としていた。龍村玄洋の動作が、「ゴシュは死んだ」を謎を解く鍵となるようである。
普通に考えれば、龍村玄洋(榎木孝明)の行為は、「左利き」を表している。つまり、「ゴシュ」とは、フランス語で「左利き」を意味する「gauche(ゴーシュ)」と考えれる。
私は「ゴシュ」を英語かアラビア語だと予想していたので、予想は外れた。「五首」「御酒」「御主人」「五種」「ごしゅ」などと日本語で予想していた人も残念ながらハズレだろう。
さて、御田園陽一(戸次重幸)はチェロの奏者だった。チェロはセロとも呼ぶ。
宮沢賢治の童話に、チェロ奏者のゴーシュを主人公とした「セロ弾きのゴーシュ」という話しがある。
宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を考え合わせると、「ゴシュ=ゴーシュ」で、「ゴシュ」とはチェロ奏者を指す言葉だと考えられる。よって、ゴシュとは、御田園陽一を意味している。
御田園陽一と言っても現在の御田園陽一(戸次重幸)ではなく、チェロ奏者の御田園陽一である。つまり、ゴシュとは、本物の御田園陽一を指している。
「ゴシュは死んだ」のだから、本物の御田園陽一は死に、何者(戸次重幸)かが御田園陽一を名乗っているということである。
龍村玄洋(榎木孝明)はコーヒーカップを左手に持ち替えた行為は、左利きの他にも、「入れ替わり」も意味しているのだろう。したがって、チェロ奏者だった本物の御田園陽一は左利きだったと予想できる。
おそらく、本物の御田園陽一は、関西で起きた火事で死んでいる。御田園陽一(戸次重幸)らが、本物の御田園陽一を殺したのだろう。
こう考えると、怪しいのは、御田園陽一(戸次重幸)・影山仁(大沢樹生)・安原浅子(岡まゆみ)の3人である。
御田園陽一(戸次重幸)が安原浅子(岡まゆみ)に、「ごしゅは死んだ」と言っているのだから、この2人は御田園家を乗っ取った犯人だろう。
影山仁(大沢樹生)がいつから御田園家の顧問弁護士をしているのかが不明なので、御田園家を乗っ取りに関与しているかは分からないが、おそらく影山仁が黒幕だろう。
一方、黒幕に見える蓮見依子(中田喜子)は、おそらく、日浦晴香(京野ことみ)の味方だろう。「霧に住む悪魔の最終回と結末の予想」へ続く。

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