実話で「おちょやん」-映画「太陽の女・カルメン」のモデルの解説

NHKの朝ドラ「おちょやん」に登場する映画「太陽の女・カルメン」のモデルとネタバレです。

■映画「太陽の女・カルメン」のあらすじ

映画制作会社「鶴亀撮影所」は、スター女優の高城百合子(井川遥)を主演にして映画「太陽の女カルメン」の撮影を開始するが、撮影の途中で高城百合子が相手役の俳優と駆け落ちしてしまった。

そこで、「鶴亀撮影所」は、監督をジョージ本田(川島潤哉)へと変更して、人妻役を演じていたミカ本田(ファーストサマーウイカ)を主役にして映画の撮影を再開し、竹井千代(杉咲花)をミカ本田の人妻役に抜擢したのだった。

スポンサードリンク

■モデルのネタバレ

映画「太陽の女カルメン」のモデルは、大正14年(1925年)の映画「東洋のカルメン」と考えられる。

前提として、「おちょやん」の登場人物の実在のモデルは次のようになります。
監督のジョージ本田=フランク徳永
女優のミカ本田=砂田駒子

さて、アメリカで俳優をしていたフランク徳永が、アメリカで女優をしていた砂田駒子と結婚し、大正12年(1923年)に夫婦で帰国し、夫婦で東亜キネマの甲陽撮影所に入った。

夫のフランク徳永は映画監督に転向し、夫婦で主演した映画「愛の秘密」を撮影するが、映画が大コケしてしまい、夫婦で日活京都へと移籍する。

日活へ移った夫のフランク徳永は、映画監督の村田実の元で助監督を務めて修行した後、監督に復帰した。

そして、大正14年(1925年)に、夫のフランク徳永が原作と監督を担当し、妻の砂田駒子を主演にして映画「東洋のカルメン」(元々は「女性の命」というタイトルだった)を撮影した。

映画がヒットしたのか、大正15年には、妻の砂田駒子が原作と主演を務め、「続・東洋のカルメン」を撮影した。このときの監督は田坂具隆だった。

このような根拠から、朝ドラ「おちょやん」で撮影する「太陽の女・カルメン」のモデルは、映画「東洋のカルメン」だと考えられるのである。

■浪花千栄子との関係

朝ドラ「おちょやん」では、竹井千代(杉咲花)がミカ本田の後任として「太陽の女カルメン」に出演している。

しかし、竹井千代(杉咲花)のモデル浪花千栄子は、大正15年(1926年)に東亜キネマ等持院撮影所に入って映画女優としてデビューしており、日活には入っていない。

このため、浪花千栄子は「太陽の女カルメン」には出演していないないし、フランク徳永や砂田駒子との関係も無いと考えられる。

スポンサードリンク

■モデル2

高城百合子(井川遥)が「太陽の女・カルメン」の撮影中に相手役の俳優と駆け落ちしてしまうエピソードは、昭和2年の映画「椿姫」である。

昭和2年、映画「椿姫」を撮影していた岡田嘉子は、内縁の夫・山田隆弥(横川唯治)との関係や仕事に対する不安が重なり、映画の撮影中に相手役の竹内良一と駆け落ちしてしまった。

失踪した岡田嘉子の代わりに、夏川静江が代役となり、映画の内容はボロボロあったが、岡田嘉子が駆け落ちしたというゴシップ効果で映画は大ヒットし、夏川静江はスターの階段を駆け上った。

なお、朝ドラ「おちょやん」のモデルや実話の解説は「朝ドラ「おちょやん」のあらすじとモデルのネタバレ」をご覧ください。

スポンサードリンク

コメントを投稿する