ブギウギ-風呂屋「はな湯」のモデルと実話のネタバレ【錦湯】

朝ドラ「ブギウギ」に登場する福来スズ子こと花田鈴子(趣里)の実家の風呂屋「はな湯」の実在のモデルと実話のネタバレです。

朝ドラ「ブギウギ」に登場する風呂屋「はな湯」の実在のモデルは、歌手・笠置シヅ子の実家の風呂屋(銭湯)です。

笠置シヅ子は大正3年(1914年)8月25日に香川県大川郡相生村(旧の引田町/現在の香川県東かがわ市)で生まれたが、母・谷口鳴尾は結婚を許されず、笠置シヅ子は生まれて直ぐに養子に出された。

笠置シヅ子を引き取ったのが、大阪から出産で相生村に里帰りしていた亀井ウメで、亀井ウメは笠置シヅ子を養子として引き取り、大阪へと帰った。

笠置シヅ子を引き取ったのは亀井ウメの独断だったようで、夫・亀井音吉は大阪に戻ってきた亀井ウメが子供を2人も連れていたので、「双子かいな」と驚いたという。

さて、亀井ウメの夫・亀井音吉は、大阪で米屋を営んでいたが、米騒動で家族に怖い思いをさせたこともあり、度重なる米騒動に嫌気をさして、笠置シヅ子が小学校へ入った年(大正10年)に米屋を廃業して、銭湯を開いた。

笠置シヅ子の実家の風呂屋の名前は不明だが、資料に「錦湯(にしきゆ)」という言葉が出てきた。

ただ、笠置シヅ子の実家の銭湯が「錦湯」という屋号だったのか、当時は銭湯を「錦湯」と総称していたのかは分からない。

さて、笠置シヅ子の父親は風呂屋に転業したのだが、経営が上手くいかなかったのか、大阪周辺を転々としており、笠置シヅ子は引っ越しに伴って小学校を5つも転校している。

その後については詳しく分からないが、笠置シヅ子は松竹楽劇部の幹部時代に、実家から100円の小遣いをもらっていたので、実家の銭湯はそれなりに儲かっていたと思われる。

しかし、昭和10年(1935年)に笠置シヅ子の弟・亀井八郎が散髪屋を開業したので、父・亀井音吉は銭湯を廃業した。

笠置シヅ子は、銭湯を廃業した理由を知らないのだが、笠置シヅ子の想像によると、父・亀井音吉は遊び人だったので、借金を作って銭湯を処分し、残りのお金で弟・亀井八郎が散髪屋を開業したのではないかという。

なお、朝ドラ「ブギウギ」の登場人物のモデル一覧は「朝ドラ「ブギウギ」の実在のモデル一覧」をご覧ください。

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